叱責
「国賓に無礼を働くとは、どういうことだ!ミモザ・バシリス・フスティーシア!」
これでもかというほど目を吊り上げて、フェンネル国王陛下は声を荒らげた。
その瞬間、ミモザ王女殿下は震え上がる。
「も、申し訳ございません……」
「謝れば済む問題では、ない!」
『最悪、国際問題に発展するのだぞ!』と叱り飛ばし、フェンネル国王陛下は浅慮を責めた。
今にも泣きそうな表情で黙り込むミモザ王女殿下を前に、彼は大きく息を吐く。
「一先ず、ミモザには謹慎を命じる!連れて行け!」
後ろに控えていた衛兵へ指示を出して、フェンネル国王陛下はこちらに向き直った。
かと思えば、少しばかり眉尻を下げる。
「ビオラ嬢、この度は本当に申し訳ない。フスティーシア王国を統べる者として……また、ミモザの親として心より謝罪する」
胸元に手を添えてお詫びの言葉を並べ、フェンネル国王陛下は少し前屈みになった。
まるで、目線を合わせるかのように。
「本件について、良ければ別室で話せないだろうか。ここでは、人目もあるゆえ」
内々に処理したい意向を示し、フェンネル国王陛下はじっとこちらの反応を窺う。
『どうか、了承してくれ』と目で訴え掛けてくる彼に対し、私はスッと目を細めた。
こちらの目論見通り、フェンネル国王陛下の方から面談を申し込んできたわね。
まあ、こんな風に頼み込んでくる展開になるとは思わなかったけれど。
それも全部、ミモザ・バシリス・フスティーシアが墓穴を掘ってくれたおかげね。
これで、交渉も有利に進められるわ。
ただでさえ扱いづらい他国の大貴族をより丁重に扱わねばならなくなったフェンネル国王陛下の心情を想像しつつ、私は顔を上げる。
「もちろんです」
二つ返事で了承すると、フェンネル国王陛下は明らかにホッとしたような素振りを見せた。
「では、直ぐに参ろう」
『こちらだ』と言って、フェンネル国王陛下は歩き出す。
大人しくあとをついていく私の前で、彼は応接室へ足を踏み入れた。
「さあ、適当に掛けてくれ」
ソファやテーブルのある方を手で示し、フェンネル国王陛下は着席を促す。
『はい』と頷いてソファに座る私を前に、彼も腰を下ろした。
「では早速だが、話を聞かせてほしい。ミモザが何か失礼なことを言ったようだが、具体的にどういう発言をしたんだ?」
詳しい説明を求めるフェンネル国王陛下に、私は
「実は────」
パーティー会場であった出来事を事細かに話した。
出来るだけ、客観的に。私情を入れないよう、気をつけて。
後々その場に居合わせた人達からも証言を募るだろうし、下手なことは言わない方がいい。
何より、真実だけでも充分インパクトはあることでしょう。
などと考えていると、フェンネル国王陛下が口を開く。
「そんなことが……改めて、申し訳ない」
目頭を押さえて暗い表情をするフェンネル国王陛下に対し、私は首を横に振った。
「いえ、お気になさらず。ミモザ王女殿下からも謝罪の言葉をいただけましたので、こちらとしてはもう……」
「いいや、是非お詫びをさせてほしい」
食い気味にそう言い返し、フェンネル国王陛下は少しばかり身を乗り出す。
『謝罪だけでは、到底足りない』と述べる彼の前で、私はゆるりと口角を上げた。
そうくると思っていたわ。
だって、ここでしっかり清算しなければこの一件をずっと引き摺ることになるものね。
それはつまり、レジデンス帝国に対して強く出られなくなるということ。
少なくとも、この先数十年は。
だから、フェンネル国王陛下は何としてでもこの一件を私ビオラ・インサニティ・モータルと個人的に決着をつける必要がある。
一回引いてみせたことで、フェンネル国王陛下は多少の焦りを覚えている筈。
なので、ある程度の要求には迷うことなく応じるでしょうね。
『準備は整ったわ』と心の中で呟き、私は太陽のような瞳を見つめ返した。
「では、一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
「言ってみなさい」
間髪容れずに話の先を促すフェンネル国王陛下に、私は『じゃあ、遠慮なく』と要求を口にする。
「ミモザ・バシリス・フスティーシア王女殿下を────スヴィエート神聖国の教皇聖下のところへ、嫁がせてはいただけませんか?」
結婚させて遠くにやりたい意向を示すと、フェンネル国王陛下は僅かに目を見開いた。
「理由を聞いても、いいかね?」
「私的なことで申し訳ないんですが、ミモザ王女殿下が私の婚約者を取ってしまわないか少し不安で」
胸元を握り締め、私はそっと目を伏せる。
「というのも、先日行われた建国記念パーティーで婚約者がミモザ王女殿下のことを愛していると宣言したのです」
「!」
まだ婚約破棄の騒動について知らなかったのか、フェンネル国王陛下は動揺を示した。
あの一件からあまり日も経っていないし、ここは他国だから事情を把握出来てなくてもおかしくない。
それに、ミモザ・バシリス・フスティーシアの方で手を打って情報の拡散を防いでいるのかもしれないわ。
『あの一件が広まっても、困るだけだものね』と考えつつ、私は話を続ける。
「それだけなら婚約者の一方的な片思いと思えたのですが、今日の騒動を通してミモザ王女殿下も少なからず彼に関心を寄せていることが分かり……」
『ある程度親密な関係でなければ、直談判などしないでしょうし』と話し、私は視線を上げた。
「だから、ミモザ王女殿下が誰かと結ばれてくれれば安心出来るかな?と」
「なるほど。では、結婚相手は別に教皇聖下じゃなくてもよいのだな?」
『要するに遠方へ飛ばせばいいのだろう?』と問い、フェンネル国王陛下は譲歩を求める。
その理由は至って、簡単。
この婚姻にメリットがない、と感じているからだ。
スヴィエート神聖国は周辺国に比べると圧倒的に弱く、小さく、貧しいため。
『どうせなら、もっと良いところに嫁がせたい』という本音が透けて見える彼を前に、私は姿勢を正す。
「ええ。ですが────フスティーシア王国、スヴィエート神聖国、それからモータル公爵家の利益を考えると教皇聖下が適任かと」
「利益?」
反射的に聞き返すフェンネル国王陛下は、怪訝そうな表情を浮かべた。
『この婚姻に得など、あるのか?』と不思議そうにしている彼の前で、私はスッと目を細める。
「はい、実は神聖国にいい鉱山が見つかったようでして」
「!?」
ハッとしたように息を呑むフェンネル国王陛下に対し、私はこう言葉を付け足した。
「珍しい鉱石を大量に採掘出来るそうです」
「それは誠か!」
勢いよく身を乗り出し、フェンネル国王陛下はこちらを凝視する。
明らかに目の色が変わった彼を前に、私はゆるりと口角を上げた。
「信頼出来る筋から得た情報なので、間違いないかと」
『少なくとも、私はこの話を信じています』と強気に出ると、フェンネル国王陛下は表情を硬くする。
一応、こちらの言い分を真実として受け止める気になったらしい。
「ならば、教皇聖下との結婚も悪くないな」