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二人の策謀

「ご機嫌麗しゅうございます、ミモザ王女殿下」


 ドレスのスカート部分を摘み上げ、私は優雅にお辞儀した。

すると、ミモザ王女殿下はにこやかに応じる。


「初めまして、ビオラ嬢。会えて、嬉しいわ」


 無邪気に喜んでいる素振りを見せ、ミモザ王女殿下は少しばかり身を乗り出した。


「貴方には、ずっと言いたいことがあったから」


「何でしょう?気になりますね」


 顎に手を当てて、私は小さく首を傾げる。

話の先を促す私の前で、ミモザ王女殿下はチラリと周囲を見回した。

そして、注目されていることを確認すると彼女は少しばかり真剣な顔つきになる。


「────どうして、婚約者にあのような真似を?」


 硬い声色で問い詰め、ミモザ王女殿下は強く手を握り締めた。


「自分の方が身分は上だからと、婚約者を軽んじていらっしゃるの?」


「いいえ、そんなことはありません」


 即刻否定する私に対し、ミモザ王女殿下は追撃を行う。


「じゃあ、何で婚約者に手を上げるの?彼は貴方の行いに、身も心も痛めているわよ?他国の人間である私に相談するくらいだから」


 とても深刻な問題であることを強調し、ミモザ王女殿下は顔を歪めた。

悲しくて悲しくてしょうがない、とでも言うように。


「彼があまりにも可哀想だわ」


 目に涙を浮かべ、ミモザ王女殿下は視線を逸らした。

心配という感情を前面に出してくる彼女の前で、私は笑みを深める。


 何か仕掛けてくるのは予想していたけど、まさか例の悪評についてこうも堂々と触れてくるとは。

余程、私に恥を掻かせたいみたいね。

まあ、こちらとしては助かったわ。

話を切り出す手間が、省けたから。


 『こちらもちょうど、その話をしたかったの』と思いつつ、私は頭を下げた。


「ご心配をお掛けしたようで、申し訳ありません。ですが、安心してください。アニスの発言は全て嘘ですから」


 太陽のような瞳を見つめ返し、私は胸元に手を添える。


「神に誓って、私はアニスに手を上げたことなど一度もありません」


 本当にそんなこと一度もないので強気に出ると、ミモザ王女殿下は一瞬怯んだ。

が、ここまで大立ち回りした以上簡単に引き下がる訳にはいかないのか、反論を試みる。


「あら、変ね……私は確かにこの目で、彼の傷を見たのだけど」


「そう言われましても、本当に心当たりが……良ければ、具体的にどこにどんな傷があったのか教えていただいても?」


 『単なる言い掛かりではない、根拠を提示してほしい』と求める私に、ミモザ王女殿下は考える素振りを見せた。

かと思えば、自身の手を見下ろす。


「手首に切りつけられたような痕が、あったわ」


「あぁ、あれは自分で傷つけたものですよ」


「何故、そう言い切れるの?」


「傷の付き方が、刃先を内側に滑らせたような形だったからです。もし、他者に切りつけられたのなら外側へ滑らせたような痕があった筈ですから」


 ミモザ王女殿下の問いに一切言い淀むことなく答え、私はパンッと軽く手を叩く。


「あっ、ちなみに傷を確認したのはフェアレーター伯爵家……つまり、アニスの実家の方達ですよ。信じられないのであれば、そちらに問い合わせていただいても構いません」


 『我が家が傷の経緯を捏造した』という疑いを掛けられぬよう、私は補足した。

完全に潔白であることを主張する中、ミモザ王女殿下は言葉に詰まる。

────と、ここで周囲の人々が顔を見合わせた。


「私の目には、ビオラ嬢が嘘をついているように見えないわ」


「噂通りの暴力的な方だったら、今頃ミモザ王女殿下に危害を加えているだろうからな」


「それに余程理知的な方じゃなければ、こんなに完璧な受け答えは出来ないでしょうし」


「大体、あの噂には証拠も何もないじゃないか」


 あっという間にこちら側へつき、周囲の人々は『噂なんて、当てにならないな』と言動で示す。

その瞬間、ミモザ王女殿下は表情を強ばらせた。

太陽のような瞳に、不安と苦悩を滲ませながら。


「……どうやら、私の勘違いだったようね。ごめんなさい」


 ここで己の非を認めなければかなり不味い立場となるので、ミモザ王女殿下は素直に謝った。

怒りからかそれとも恐怖からか身を震わせる彼女の前で、私は穏やかに微笑む。


「こちらこそアニスの妄言で振り回してしまい、申し訳ございません」


 『改めてお詫び致します』と宣言し、私は頭を下げた。

『え、ええ……』と軽く返事するミモザ王女殿下を他所に、私はふと周囲を見回す。


「パーティーに参加していらっしゃる他の方々にも、謝罪を……我々使節団のために集まってくださったのに、本当なんと言っていいか……」


 『こんな騒ぎを起こして、申し訳ない』という態度を取る私に、周囲の人々は首を横に振る。


「いえ、ビオラ嬢が謝罪されることでは……」


「むしろ……ねぇ?」


 周囲の人々は皆一斉にミモザ王女殿下の方を見やり、肩を竦めた。

呆れと落胆、それから失望。

彼女に対する評価を一気に落とし、彼らは目頭を押さえる。


「個人の問題に勝手に首を突っ込んだ挙句、濡れ衣だったなんて……」


「使節団の方に、なんてことを……」


「これで、両国の関係に亀裂でも入ったら……」


 ここぞとばかりにミモザ王女殿下を非難して、周囲の人々は小さく(かぶり)を振った。

『まさに王国の恥だ』と不快感を露わにする彼らに、ミモザ王女殿下は萎縮する。

問題を起こしたのは事実なので、何も言えないのだろう。


 恐らく、派手に騒いでいるのは貴族派ね。

この一件を利用して、王室の権威を少しでも削ぐつもりなんだわ。


 『権力争いって、どこの国も同じなのね』と他人事のように思いつつ、私は静観を決め込む。

別に助ける義理もメリットもないし、何より────大事になってくれた方が、こちらとしては好都合なので。

『そろそろ、騒ぎを聞きつけて来る頃だろうか』と出入り口の様子を窺っていると────


「一体、何の騒ぎだ!」


 ────フェンネル国王陛下が、姿を現した。

焦っているのか少し表情が険しい彼は、真っ直ぐこちらにやってくる。


「ミモザ、どういうことか説明しなさい!」


 騒ぎの詳細まではまだ知らないようで、フェンネル国王陛下は事情を問うた。

すると、ミモザ王女殿下はビクッと肩を揺らす。


「ぁ、えっと……その……」


 真っ青な顔で俯き、ミモザ王女殿下は身を縮こまらせた。

『フェンネル国王陛下のことが怖いのかしら?』と分析する私を他所に、彼女は少し視線を上げる。


「実は……私の勘違いで、ビオラ嬢に失礼なことを言ってしまい……」


 『暴力女だと非難しました』とはさすがに言えないみたいで、ミモザ王女殿下は曖昧な表現を使った。

が、フェンネル国王陛下にとっては『失礼なことを言った』というだけでも充分だったらしく、怒りを露わにする。


「国賓に無礼を働くとは、どういうことだ!ミモザ・バシリス・フスティーシア!」

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