勉強ばかりしてないで、遊びなさい!
二時間目のチャイムが鳴った。僕はうんざりしながらコントローラーを机の上に出す。まったく、なんで格闘ゲームのコントローラーってこんなに重いんだろう。
「今日の『格闘』の授業では、キャラランク最上位のザンゲイラ対策をメインに行っていこうと思います」
スクリーンに映し出される、巨漢でモヒカンのキャラクター。この教室の誰もが知っているクソキャラだ。
「ではまず、ザンゲイラの判定をおさらいしていきましょうね。28ページです」
指定された教科書のページを開くと、ザンゲイラが攻撃しているポーズの写真に、半透明の色がついた四角が何個かついている。青い色が当たり判定、赤い色が打撃判定だ。
先生の説明を聞くまでもなく、いかにザンゲイラがやばいキャラだというのがわかる。投げキャラなのにこの打撃判定の強さ。投げはこれよりも判定が長いって言うんだから、どうしようもない。
「先生。ザンゲイラの立ち中(K:キック)はガードさせて1F有利と聞きましたけど、昨日のランクマッチでケインを使っていたら、最速爆裂疾風脚で反確がとれたような気がするんですが」
富良野が質問をした。やつは既にランクマッチのマスターランクに昇り詰めている学校一の格闘ゲームプレイヤーだ。スポンサーまでついている。
「富良野くん。いい質問ですね。ザンゲイラの立ち中(K:キック)は確かにガードさせて有利が取れますが、それはあくまで通常の状態の話で、おそらくその場面ではケインがオーバーヒートモードに……」
富良野が質問しだすと、僕はどうしても眠たくなってしまう。先生も富良野にあわせてレベルの高い話をし始めるからだ。今話している内容も、僕にはちんぷんかんぷんだ。
三時間目は『ロールプレイング』だ。格闘よりは、僕の肌に合うゲームと言える。しかしこの授業は、キャラクターの心情について考えたり、世界観についての理解を深めたり……というようなものじゃない。
「クソー! この即死魔法が外れる乱数はどれだ!」
「やべぇ、ロキシー勧誘フラグ立てるの忘れてたあ!」
「よーし、クリアタイム2時間切ったぞー!」
人力でいかに早くゲームをクリアするか……つまりRTAの良い記録を出すための授業なのだ。
「はい皆さん注目! 『レーザーナイトサーガ』では終盤に加入するタキオーンの加入が不可欠です! 通常プレイでは特に仲間にする必要のないキャラクターですが、初期値だけは異常に高いので、タイムを縮めるなら勧誘しない手はありません!」
「あの、先生」
僕は久しぶりに手をあげて、先生に質問をした。
「はい、野本君。なんでしょう?」
「この仲間になるタキオーンなんですけど、いまいち主人公たちの仲間になる理由がわからなくて……直前のチャプターまで、敵対してましたよね?」
そして僕が質問をする時はいつも、床のホコリが舞い上がったみたいな空気が教室に流れてくる。
「野本君。そういうタイム短縮に関係ない事柄は、授業の後にしてくださいね」
「はい……」
ゲームのクリアタイムを縮めるのと同じくらい、シナリオも大事だと思うんだけど。
四時間目は『ストラテジー』だ。シミュレーションゲームや、デジタルカードゲームもこの科目で扱う。今日はデジタルカードゲーム『シャドウストーン』のデッキ構築法についての授業だ。
「この『パンデキュラー・アクテム』はものすごいバリューを持つ最強モンスターカードの一つです。このカードのメタとして、『ロンリー・サイドワインダー』がありますが、最近は『ロンリー・サイドワインダー』のメタとして『勇気の聖騎士』採用されているデッキも多数ありますので、逆に『ブレインの森』を採用するのも一理あります。しかし、『パンデキュラー・アクテム』と『ブレインの森』はともにナーフされるというリーク情報が出回っていますので、もし情報が本当なら、『マキシー・ドーンドリグ』がトップメタに――」
僕の頭もメタメタになりそうです。
休憩を挟んで、五時間目は『ソーシャル』。
「ではみなさん、これで『ワンダフル・クリーチャーズ』のキャラガチャ排出確率の学習は終わります。これから、授業の終わりにガチャを行います。みなさん精神を集中させて……10連ガチャのボタンをタップしてください」
この授業は、終わる直前に生徒と先生のみんなが同じガチャを回す。
「やった、SSRが出た!」
「こっちはSRだけど、リセマラ最強ランクのキャラだぜ!」
「先生はどうでした?」
「……今回も、最低保証だったよ……」
「達人、すごいわね! 通信簿がオール5だなんて。『格闘』は特にすごいわ、この歳でマスターランクに3つのゲームで到達するなんで、学校始まって以来だって先生もおっしゃってたわよ」
「へへっ、おまけに今日の『ソーシャル』でさ、排出率0.01%のUR引いちゃったよ」
「まあ、運まで5の成績ね!」
リビングでは、達人がママと楽しそうに話をしているようだ。
「そう言えば、秀人はどうしたのかしら、もう帰ってきてるはずなんだけど……」
「お兄ちゃんなら、すぐに自分の部屋に行って勉強してたよ」
ちっ、達人のやつ!
すぐに荒々しい足音が聞こえてきて、僕の部屋のドアが開かれた。
「秀人、また勉強ばっかりして! 先生も言ってたわよ、ランクマッチの成績がどの科目も落ちてきてるって!」
「うるさいな。僕はゲームのプレイングスキルばかりが重宝される世の中にうんざりしてるんだ。だからこうやってプログラミングを勉強して、もっとわかりやすくて、物語としても充実しているゲームを、新しく作るんだ!」
「そんなこと言ってると、将来仕事人間になってしまうわよ! 勉強ばかりしてないで、遊びなさい!」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。