7 秋津だって悪だくみ
なし崩しで向こうの反乱ごっこに参加する羽目になった。首を縦に振らねば帰してくれないのだから仕方がない。
士官室に寄り、池永中尉に顛末を報告する。仲間に綺羅様が混じっていると聞いて、池永中尉は頭を抱えてうなだれていた。
「……そう、綺羅様がね……。うん、ありがとう」
見ていてかわいそうになってきたので早々に部屋を辞した。心を強く持ってほしい。
くたびれた顔で洋一は自室に戻る。そろそろ消灯の時間が迫っていた。
「ただいま」
部屋は二段ベッドが両側に並ぶ四人部屋だった。これでも海軍基準では広い部屋である。
「おうお帰り」
同期の松岡が振り返る。
「何やってるんだ? もうすぐ消灯だぞ」
床に何やら並べて、相部屋の残り三人がうごめいていた。
「釣りの支度だよ。明日の夜明け前に出る」
釣り竿にバケツ、ロープまで。半分訓練とはいえ作戦中の軍艦で何をやってるんだか。
「撒き餌は残飯でなんとかなるとして、うん、網はこんなもんか」
武内三飛曹が四角い枠に張られた網を軽く引いて様子を確かめる。
「なかなかいい出来でしょう二飛曹。四つ手網って云うんですよ」
艦内の物資でこんな物を作ってしまえるあたりさすがベテランだった。
「しかしなんだって釣りなんです」
母艦の搭乗員の仕事に、当然ながら釣りなんてものはない。明らかに余計なことである。
お調子者の松岡はともかく、叩き上げでしっかり者の武内三飛曹がこんなことをしているのは少し意外だった。しかもこれまで見たことのない熱心な顔をしている。
「許せないことがありましてね」
普段の落ち着いた武内とかけ離れた、ドスのきいた声だった。
「あいつら、ラム酒の配給を隠してたんですよ。舐めやがって」
首をひねっていると松岡が付け足してくれた。
「ノルマン海軍じゃ、水兵や下士官にラム酒が一日半パインド配給される決まりになってるんだって」
「そんなもん、貰ってないぞ」
そんな習慣初めて聞いた。
「だから怒ってるんだよ。あいつら秋津人が知らないからばれないだろうって、俺たちの分も呑んでやがった」
酒呑みには深刻な問題らしい。まあ貰える物が貰えないのは腹立たしいのは判るが。
「そっちがその気なら、こっちはこっちで美味いもの飲み食いしてやろうってことです。この前の補給で酒は確保しました。あとは美味いつまみでしてね」
だから魚釣りなのか。
「二飛曹、刺身はさばけますかな」
「うん、まあそれなりには」
割と得意な方ではある。
「ならよろしくお願いします。明日の晩飯は楽しみにしていてください。ノルマンの奴らの貧相な食い物の隣で派手に宴会してやる」
この〈ヴィクトリアス〉とJ艦隊はノルマン海軍でありながら秋津の連合艦隊の指揮下に入っている。その中に洋一たち秋津の戦闘機隊がやっかいになっている。
同盟国同士仲良く手を取り合って、とならずに反乱ごっこやら魚釣りやら酒造りになってしまう。
「俺と武内さんで夜明け前に抜け出して釣りに行くから。朝の点呼は丹羽と中村でうまいことやってくれ」
そう云うと松岡と武内三飛曹はさっさと布団に潜ってしまった。
よそ者の中によそ者が入って、お互いをまったく信用していないからこんなことになる。
こんなんで上手くいくのか? 消灯の合図とともに暗くなる部屋の天井を洋一は見上げる。
撒き餌用の残飯が臭かった。