6 艦底での悪だくみ
六月三十日
〈ヴィクトリアス〉艦内
二万トンを超す大型艦ともなると、人のあまり立ち入らない場所もある。喫水線より下の区画は、物は置かれるが居住区にはあまり使わない。浸水対策で横の連絡も悪いので、建造以来人が足を踏み入れてないような場所もある。
サボるのにちょうどいいそんな場所を見つけるのも、水兵の嗅覚だったりする。洋一が今いるのもそんな普段使われない区画だった。
応急修理用の角材に、予備のロープの束。その他よく判らないが普段使わない物資が積み重ねられている。こっそり昼寝するには良さそうな場所であったが、いかんせん今は独りではなかった。
「まあそう怖がらずに。何も取って喰おうってんじゃないんだ」
正面の男が木箱に腰を下ろしながら優しく云う。
「何をしに、こんなところまで来たのかね。少年」
周囲に屈強な男どもを並べて云えばそれは間違いなく脅しだった。
「……別に、ただ散歩してただけさ。昼寝するのによさそうな場所でもないかなって」
とぼけてみせる洋一の両脇で、わざとらしく男たちがポキポキと指を鳴らすのが感じられた。
「判ったよ。あんたらノルマンの搭乗員連中が、なんかこそこそ妙なことしてそうだから、様子を見に来たんだよ」
任務の後などでまとめて姿を消していることが多々あったので、後を尾行けてみたのだが、結果はこのざまだった。残念ながら自分にはスパイの素質はないらしい。洋一は肩をすくめる。
「誰かに頼まれたのかね?」
「いや、なんとなく気になったから尾行けて来ただけだよ」
本当は池永中尉に頼まれたのだが、そこは隠しておこう。
「で、何をしてるんですかな。デズモンド少佐殿」
少しだけ言葉を丁寧にして、洋一は正面に座る男、ジョージ・デズモンドを見た。周囲にいるのは彼らの部下たちであろう。ばっと見たところ三十人ほど。ノルマンの飛行隊の大半がいるのだろう。
「おやおや、こんな状況でも任務を全うしようとは、けなげなぼうやだ」
デズモンド少佐はとがった口ひげをなでる。
「君から見て、何をしてると思ったのかね?」
「反乱とか? 船乗りなら相場でしょう」
この〈ヴィクトリアス〉はノルマン海軍の艦である。間借りしている自分たち秋津の搭乗員がこそこそ集まっているならともかく、ここに集まっているのはノルマンの搭乗員である。
「反乱、か。なかなか面白いねぇ少年」
「な、かわいいだろ」
異国の将校との腹の探り合いから一転、洋一はあきれた表情に変わる。
「大体ですねぇ」
頭を抱えながら洋一は文句を云う。
「なんで貴女がそちらにいるんですか、隊長」
首魁たるデズモンドの隣に、まるで参謀のように紅宮綺羅が混ざっていた。
「なんでだと思う?」
こちらも調子に乗って質問を質問で返してくる。
「どうせ面白そうだからとか、そんな理由でしょう」
やんごとない身分のくせに、この人は面白そうだからで反乱に参加する。洋一には妙な確信があった。
「そうだな、我々としては、貴国の連合艦隊の方針にいささか懸念がある。それはまあ事実ではあるな」
秋津人同士のなれ合いで空気が緩んだのでデズモンドが口を挟んだ。
〈ヴィクトリアス〉は現在J艦隊に所属している。新造されたばかりの空母〈ヴィクトリアス〉と戦艦〈プレジデント・オブ・ウィンザー〉に軽巡洋艦〈ガラティア〉〈ハーマイオニー〉二隻と駆逐艦四隻、ブレスト撤退で最後まで残っていたノルマン海軍艦艇で編成された臨時の艦隊である。そしてその上部組織はノルマン海軍ではなく、秋津海軍連合艦隊であった。一時的に派遣という事になっていた。
「君たちの連合艦隊は、どうも我々を不当に扱っている。そう考えざるをえないのだ。このところの任務を見れば」
確かにこのところの任務は九州周辺の対潜哨戒である。大事な任務ではあるが、この辺りは比較的安全な海域だった。訓練半分の肩慣らしのような任務であった。
「云っておくが我ら第八一〇飛行隊、八二五飛行隊ともにノルマン海軍でも高い練度を誇る飛行隊である。こんな訓練のような任務をいつまでも続ける必要はない」
連合艦隊からすれば行き場を喪ったので一時的に預かっているお客さんである。扱いづらいので無難な海域でおとなしくしていてほしいのだろう。
「これでは来るべき大きな作戦でも、我々の扱いが知れようというもの。しかしそれでは困るのだ。我らノルマン海軍の誇りが立たぬ」
大きな作戦か。この前ブランドルの皇帝がふざけたことを抜かしたので、一発かますのではと秋津の搭乗員たちの間でも噂にはなっていた。その辺の情報はノルマンでも掴んでいるのだろうか。
「諸君たちアキツは、皇帝に対し断固抗戦の意志を示すであろう。素晴らしいことだ。しかしその偉業において我らノルマン海軍がただ傍観者として過ごしてしまってはどうなる。同盟国の困難に、ともに力を合わせて立ち向かう姿を世界に示さねばならぬのだ」
デズモンドが力強く胸を叩くと、周囲のノルマン搭乗員たちも頷く。
そもそもこの戦争はブランドルとノルマンとの戦争であった。そこに秋津が巻き込まれて、現在ノルマンと秋津が同盟を組んでいる。国土の大半を奪われたノルマンからすれば、ここで秋津に降りられてしまっては滅亡か、国土の大半を喪う屈辱的な敗北を受け入れるしかなくなる。それだけに秋津が戦い続ける意志を示すその場で、自分たちもまた血を流す覚悟を示さねばならない。
ただそれは建前として、本音は大一番で裏方仕事をしたくないと云ったところだろう
「な、泣かせる話じゃないか。そんな彼らに微力ながら手を貸そうとしても不思議はない。そうだろう洋一君」
ついでに綺羅も乗っかった理由を言い訳する。この人の場合、ノルマンの飛行隊が後方任務だと、自分たち戦闘機隊も前線に行けないのが困るからなんだろうな。そういう身で彼らは利害が一致している。洋一はそう推察した。
自分たちの戦闘機隊が〈ヴィクトリアス〉に一時的に派遣されたのも、そんなところが理由かもな。洋一はうっすらと上層部の意向を察した。新造されたばかりの同盟国の訳あり艦隊にやんごとなき血筋の紅宮綺羅。下手に使って波風を立てるなら、まとめて後方で大人しくしていてほしい。そんなところだろう。
困ったことに、両方ともそんなことで大人しくしてくれるような人たちではなかった。
「まあそんなわけだ、勇敢なるアキツの少年よ。別に君たちの作戦を妨害するつもりはない。むしろ大いなる力になろうというのだ。我々に協力してはくれないかね」
力を背景にした協力要請は、脅迫というのだが。
「な、洋一君。面白そうだろ。今度部屋に入るときの合図教えるから」
そして止めに入ってほしい人は反乱ごっこを楽しんでいる。まったくとんだ派遣任務になりそうだ。洋一は首をうなだれた。