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4 出向人材募集中

     六月二十六日

     ブランドル帝国 ミュンスター


 新皇帝の和平提案により、ブランドル軍の作戦行動は小休止となった。

 しかし軍としての活動が止まるわけではない。これを機に補給や休息、そして更新でむしろ慌ただしくなっていた。

 久しぶりに根拠地のミュンスターへと戻っていた第二七航空団(J G 2 7)も同様であった。開戦以来前線に張り付き続けていた航空団にとっても貴重な時間であった。

「海軍に、搭乗員を派遣?」

 殆ど使われずに調度品もない殺風景な執務室で、第二七航空団(J G 2 7)第一中隊長ウェルター・フォン・シュトラウス大尉はわずかに低く言葉を発した。

「そうだ、新型戦闘機の開発で、人手が足りないそうだ」

 シュトラウスの向かいに座るのは航空団司令、シュトラウスの上官である。普通なら司令の執務室に呼びつけるところだが、今回は珍しく部下の方に出向いている。

「司令もご存じの通り、我が中隊は現在機種転換の真っ最中です。人員も転籍や補充で鍛え直す必要もあります。そのような余裕は」

 話している最中にも、飛行機の轟音が聞こえてくる。

 このバリバリとでも云う音はフォッカーのF型であろう。出力も上がって機体も洗練された。

 一ヶ月前にあれがあれば、ブリタニー半島での戦闘ももっと楽であったろうに。

 シュトラウスとしてはこんな話は早く切り上げて、少しでも新型に身体をなじませたかった。

「判っておる。しかし現在海軍の戦闘機はロシア合衆国からの輸入に頼っており、国産化は急務だ。空軍としてこれを支援すべきと空軍総司令官からのお達しなのだ」

「ゲーリング伯爵からですか」

 シュトラウスは空軍総司令官の名を口にした。

「伯爵の気まぐれにも困ったものですな。半年ほど前に海軍から搭乗員を引き上げさせようとしたのに今度は派遣ですか」

「言葉を慎め」

 航空団司令は諫めるが、ブランドル海軍の航空機、具体的には空母に搭載する飛行機の扱いは迷走していた。

 空を飛ぶものはすべて空軍に属すべきと空軍総司令官ゲーリング伯爵の主張により、搭乗員は空軍の所属になっている。海軍は自分たち所属の海軍航空隊が欲しい。その政争の具にされて扱いが二転三転していた。

 その原因に気の短いゲーリング伯爵の性格も間違いなく含まれていた。

 その混乱が故に、このような正規とは云いがたい伝手で搭乗員を集めているのだろう。命令という形にもしづらいので、こうして航空団司令が部下の中隊長のところに出向いて「お願い」に来ている。

「フォッカーでの飛行時間が三百時間以上で、実戦経験のある、小隊長資格持ちが欲しいそうだ」

 そんな隊の中核になるベテランを取られてたまるものか。シュトラウスはわずかに眉をひそめた。

「派遣期間は二ヶ月ほどだ。必ず帰ってこれる」

 昨今それが当てにならないから困っている。

 開戦から二年経ち、優秀な搭乗員はどこでも奪い合いになっている。燃料補給で降りたところで無理矢理編入させられたなんて話もあるくらいだった。

 にしても、海軍か。断る口実を考える傍ら、脳の別の部分でシュトラウスは思考を巡らせていた。

 陸軍とは作戦が協同することも多いので交流はあるが、海軍とは縁が遠かった。

 元々ブランドル帝国は大陸国家らしく陸軍の強い国だった。そうするとノルマンやアキツとは考え方からして違ってくるのかもしれない。

 そういえば、あれも海軍であったか。

 シュトラウスはわずかに姿勢を正した。

「人選は、私に一任していただけますかな」

「おお、引き受けてくれるか。いささか条件は緩和してもよい。それくらいは私がなんとかする」

 航空団司令は安堵の色を見せる。頭を悩ませる難題が、解決したのだ。

「ご安心ください。109での飛行時間は一千時間以上、編隊長資格を持ち、総撃墜数は現在二十八」

「そんなすごい人材を、出して大丈夫なのかね」

 話を持ちかけた側の航空団司令が心配する。

「これも空軍の、海軍の、祖国のためです」

 シュトラウスは堂々と頷いてみせる。

「君は部下に慕われているようだな」

 困難な説得をできる自信があることに、航空団司令は感心した。

「いえいえ、それほどでも」

 シュトラウスは頷いた。

「なにしろ行くのは私ですから」

 言葉の意味を理解するのに、航空団司令は数秒を要した。

「……ま、待ってくれ大尉」

 平然としているシュトラウスと対照的に航空団司令は明らかに狼狽していた。「奇襲」には成功したかな。シュトラウスは心の中で小さく笑った。

「君は我が航空団の最も優れた中隊長で、今度の昇進で飛行隊長になる予定なのだぞ」

「はい、このウェルター・フォン・シュトラウス、第二七航空団(J G 2 7)に欠くべからず人材であると自負しております」

 シュトラウスは堂々と胸を張ると、手を当てる。そのすぐ上には騎士鉄十字章がきらめいていた。

「ですから二ヶ月の後、必ずや戻ってこれるよう航空団司令が尽力してくださると確信しております」

 航空団司令は頷くしかない。自分を人質にして、原隊復帰の確約を引き出した。

 諸々に目をつぶればシュトラウスの満足のいく交渉となった。

 世界情勢からしてしばらく大きな戦闘はないはずだ。まあ気分転換にはなろう。

 シュトラウスは気分を切り替えて新しい任務を受け入れることにした。

 それにしても海軍か。あの思考の全く読めない女、キーラ(綺羅)も海軍であったな。

 海軍を理解すれば、彼女のことも少しは判るであろうか。シュトラウスは自由奔放な因縁の相手を想った。


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