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26 呑んだくれに捧げる一杯

     リューゲン飛行場


 追っ手を振り切ってシュトラウスは元の飛行場に戻ってきた。

 ほんの二日ほど離れていただけで、この飛行場は何も変わってはいなかった。しかし降り立ったシュトラウスの周囲に大勢の人が駆け寄ってきた。

「シュトラウス大尉。一体何があったのですか?」

「キールが攻撃されたというのは本当なのですか?」

 彼らのにとっては信じがたい話ではあったが、キールに派遣されていたシュトラウスが戻ってきて、しかもその乗機が機関銃の煤と弾痕で彩られている。激しい戦闘があったことが伺われてしまった。

「本当だ、アキツ、ノルマンの連合軍によりバルト海艦隊が攻撃を受けた」

 帰り際にシュトラウスはキールによって様子を見てきた。ひどい有様だった。

「巡洋戦艦〈マッケンゼン〉と〈シャルンホルスト〉が沈み、ドック内の空母〈ヴェルナー・フォス〉が損傷した」

 淡々と語られる惨状に、聞いている人たちは衝撃を受けていた。

「それと、〈グラーフ・ツェッペリン〉も沈んだ」

 なんてことだ。膝から崩れ落ちる者までいた。ブランドル海軍航空隊の希望が、喪われてしまった。

「野蛮人どもめ、皇帝陛下の御慈悲を踏みにじって」

 彼らの中には和平の可能性を信じていたものもいたらしい。それも潰えてしまった。

「済まないが通してくれ。基地司令に報告する。今後のことも含めてな」

 人混みをかき分けてシュトラウスは歩き出す。

 ブランドル初の国産空母〈グラーフ・ツェッペリン〉を喪い、それに搭載するはずだったFo109Tの存在意義も無くなってしまった。

 元々Fo109Tの開発のために自分はここに来ていたのだ。それが開発中止になるのなら、いる意味も無くなる。

 海軍か。シュトラウスは空を見上げた。

 興味が無いわけではなったが、ここまでの縁だったみたいだな。

「あの、大尉殿」

 人混みの中から追いかけてきた者がいた。平服だった。

「ロシア運輸協会の者ですが」

 義勇軍の隠れ蓑である民間組織の名を名乗ったが、背広の中身は海軍の事務官である。

「うちのボルコフは、どうなったでしょうか」

 その言葉に、シュトラウスは向き直った。

「グレゴール・ボルコフ中尉はキールにてアキツ、ノルマン連合軍と戦闘し、戦死した」

 シュトラウスが姿勢を整えて敬礼するので、目の前のロシア人もそれに合わせざるをえない。

「最期の戦闘で、ボルコフ中尉は我が海軍を攻撃した敵雷撃機を四機撃墜した」

 彼が撃墜した二機に、自分の分の二機も上乗せしておいてやった。

 これは奢りだ。シュトラウスは賑やかで下品なロシア人に心の中でそう告げた。

「一機五百ルーブルだったかな? しっかり海軍に請求したまえ。必要なら私が証言する」

「そ、そうですか」

 事務官の言葉も歯切れが悪い。死人の報奨金に意味が見いだせないのかもしれない。

「報奨金は遺族に行くのかね?」

「その、ボルコフには送り先がありませんので」

 傭兵なんてこんなものなのかもしれない。

 死んでしまえば、この世とのつながりがぷっつりと途切れてしまう。

「離婚した妻と子供がいるとは聞いたことがありますが」

「なら探し出して送りたまえ。それが君の仕事だ」

 事務官に言い残すと、シュトラウスは足早にその場を去る。

――俺が稼いだ金だ。俺が使わなくてどうする――

 あの男ならそう云うだろうか。

 結局死んでしまえばそれが別れた妻に行くのか。あるいは借金の取り立てでマフィアに持って行かれるのか。それはもうシュトラウスの及ばないところである。

「これで十機撃墜だ、おめでとう。満足かな? 『エース』ボルコフ」

 「空を歩く男」グレゴール・ボルコフ。

 とても天国への階段は昇れそうにない男だったが、地獄に行ってもあの減らず口は収まらないだろうな。司令室の手前で、シュトラウスは足を止めた。

 今夜の一杯ぐらいは、彼に捧げてやるか。

 シュトラウスは夏空を見上げた。



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