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25 奴らに魚を、喰らわせろ

 のんびり感慨に浸っている暇はない。拳銃を投げ捨てるとデズモンドは身を乗り出して前の操縦員の肩を掴んだ。

「おいしっかりしろアルバート君、おい」

 操縦員は動かない。

「だめか、この、くそ」

 デズモンドは更に身を乗り出す。

「隊長、大丈夫ですか!」

「デズモンド少佐!」

 周囲は彼の部下や、追いついてきた綺羅や洋一の機が寄ってきていた。そんな中で、デズモンド少佐は中央の観測員席から前の操縦席に身を乗り出して、操縦桿を掴んでいた。

「なんとか、これで、真っ直ぐは」

 姿勢を立て直し、その状態で操縦を始めた。片足を通信席の縁にかけ、もう片方は空中をぶらぶらしている。

「あー、諸君。大丈夫そうだ」

 引っ張ってきた通話機を口にくわえて、ものすごい無理のある姿勢でデズモンド少佐は通信してきた。

「犠牲はあったが厄災は去った。諸君の献身の賜物だ。プリンセスキラ、貴女にも感謝を」

 危なっかしい飛び方をしながらも、いつもの気取った少佐殿に戻っていた。

「バッカニアリードはよんどころのない事情で少々忙しくなってしまったので、雷撃隊の指揮はパイレーツリード、アーヴィン大尉に任せる。よろしいかな」

『パイレーツリード了解』

 もう一人の飛行隊長に指揮権を委譲する。

「当機は被弾して速度が落ちてきている。諸君らは追い抜いてさっさと抜け出したまえ」

 周りは心配して寄り添ってくるが、確かにデズモンド機は遅れ始めている。

「運河はさっさと抜けるものだよ。こんな狭いところは早くおさらばしたい」

 部下たちは名残惜しいが、この狭い運河の中ではできることが限られている。追い抜きざまに敬礼しながら、ストリングバッグの列は通り過ぎていった。

「プリンセスキラ、あなた方も早く行きなさい。そちらは速度を合わせるのがもっと辛いはずだ」

 実際、限界まで速度を落としてもじりじりと前に行ってしまう。このままでは運河に「着陸」しかねない。

「本当に感謝する。君たちが来てくれなければ我々はこの運河で全滅していた」

「それが我々戦闘機隊の仕事ですから」

 増速しながら綺羅は手を振ってデズモンド機の前に出た。洋一も迎角を少し戻して後に続く。

少年(boy)もよく来てくれた。ありがとう」

 手が塞がっているのでデズモンドは片足を振った。

少年(boy)じゃありませんよ少佐。丹羽洋一、豊秋津皇国海軍二等飛行軍曹」

「おっとこれは失礼したミスタータンバ。君はもう立派な紳士で、タルカス卿に並ぶ英雄だ」

 危なっかしい姿勢ながらも一瞬だけデズモンド少佐は見事な敬礼をしてくれた。

『クレナイ三番より一番。あと五分くらいで出口です』

 上から様子をうかがっていた三番機の小暮二飛曹と武内三飛曹が声をかけてきた。

『クレナイ一番よりアカツキ一番。すまんな成瀬、こっちは片付いた。のんびり運河を楽しんでくれ』

 後ろから追いかけてくるであろう成瀬一飛曹に綺羅が知らせる。運河を飛行機で抜けるのは楽しみではないはずなのだが。洋一は身を乗り出して後ろを振り返った。

 成瀬機はまだ見えない。その手前のデズモンド機も少し小さくなった。割と安定しているように見える。

 運河の外まであと少しだ。航行する船を洋一は避ける。最初は危なっかしかった船も橋桁も、慣れてくればどうってことはない。最近は船を観察する余裕も出てきた。あれは油槽船。今追い抜いたのは巡洋艦かな。


やつらに魚を(Put a Fish)、喰ら(in thier)わせろ(mouth)


 ノルマン語の通信が聞こえてきた。デズモンド少佐の声だった。

 洋一はもう一度振り返る。

 フェアリー・ストリングバッグ雷撃機はまだそこにいた。不意にふらついたように見えた。

 いや、ふらついたのではない。あれは旋回したのだ。目の前に迫る軽巡洋艦に向かって。

「デズモンド少佐!」

 洋一は身を乗り出した。

 振り返った彼の目前で、ストリングバッグ雷撃機は引き寄せられるように軽巡洋艦の艦橋にぶつかった。

 布張りの旧式機が鉄の塔に叩きつけられて一瞬でバラバラになる。

 ひらひらと翼が舞い散るのが洋一にも見えた。

 そしてその搭載してた燃料が、艦橋全体を炎に包んだ。

「デズモンド少佐!」

 返事はなく、艦橋が燃える巡洋艦だけが見えていた。

 やがてそれも小さくなり、周りが明るくなった。


 運河を、抜けたのだった。

 不思議なほど空は晴れやかだった。

 雲一つ無く、飛ぶには最高な夏の空。穏やかで、とても戦争なんてしてるとは思えないほどの。

 運河の外、エルベ川河口では池永中尉のユウグレ小隊が待っていた。その下でストリングバッグ雷撃機が旋回している。

 そして紅宮綺羅の紅い尾翼が、洋一がそばにつくのを待っていた。

 皆いつまでもそこに留まっていたかった。最後の一機が出てくるのを待ちたかった。

 しかし彼らも、通信や、そして炎で何が起こったのかは察していた。

「クレナイ二番より一番へ」

 洋一はノルマン語で通信した。

「バッカニアリードは敵巡洋艦に突入、自爆しました。見事な最期でした」

「ご苦労洋一君」

 綺羅様が運河に向かって敬礼しているのが洋一にも判った。

『クレナイ2nd、感謝する』

 ノルマン語の通信が入ってきた。

『雷撃隊はこれより帰投する。各機編隊を組め』

 大きく旋回しながら雷撃隊は編隊を組み直す。

 大分少なくなってしまった。

 仲間に別れを告げるようにもう一度だけ旋回してから、ストリングバッグの編隊は〈ヴィクトリアス〉へと向かった。

 まもなく成瀬一飛曹が運河から飛び出してきたので、戦闘機隊も合流を待って後を追った。

 北海の空は、どこまでも晴れていた。


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