23 我らは直援戦闘機隊
上から覆われていると云っても、点々と穴が開いていてここが運河であることは一目瞭然である。
洋一は下を見る。
すぐ上を飛べば穴の中をうかがうこともできる。時折船らしき影が見えた。そして更によく見れば、チラチラとストリングバッグ雷撃機らしき姿もかすめる。
大体この辺からこの辺かな。洋一は運河の中でストリングバッグの位置を想像する。戦闘機隊はそれに合わせるように蛇行しながら飛んでいた。
想像している雷撃隊の最後尾辺りで、何か光ったような気がする。
そう感じたところで無線が飛び込んできた。
『敵だ! 敵だ! 撃ってきた!』
ノルマン語ということは雷撃隊か。
『あいつら、運河に入って来やがった!』
戦闘機隊の眼が一斉に運河に向けられる。そして今度ははっきりと炎が見えた。
『バッカニアよりスカーレット。敵戦闘機に攻撃を受けている。なんとかしてくれ』
今度はデズモンド少佐の声が聞こえてきた。
『なんとかって、ねぇ』
戦闘機が入ってこれないと思っていたからこそ安心していたのだが。さしもの紅宮綺羅も困惑している。
指揮官機のそばにアカツキ一番、成瀬一飛曹の機が寄ってきて翼を振る。
素早く手を動かして何かを伝えた。
『判った。行ってくれ』
綺羅が無線で答えると成瀬機は運河のキール側に向かって速度を上げて飛んで行った。
残りのアカツキ小隊もこれを追う。これから運河の中に入って追いかけるのだ。
成瀬一飛曹の腕なら運河の中に入っていけるだろう。
しかし雷撃隊は運河の中程まで来ている。入り口まで戻って、中に入って追いかけて、しかも運河の中で速度は落とさなければならない。十五分はかかるのではないだろうか。
再び通気口から爆発が見えた。くそ、もう一機やられた。
十五分もかかったら雷撃隊は全滅してしまう。しかし上で飛んでいる自分たちは手を差し伸べることができない。
洋一は歯がみして運河を見た。
『洋一君ちょっと』
無線と同時に綺羅が手招きをするので洋一は一番機の近くに寄る。
『さっき入ってきた敵機がちらっと見えたんだ。数は二機。片方尾翼が黒かったんだ』
「ってことは、ウェルター・フォン・シュトラウス?」
綺羅とは何かと縁のある相手だった。
綺羅の隣に飛ぶ洋一も何度か遭遇している。恐るべき相手であった。
『そう。彼なら入っていけるし、なら野放しにはできない』
綺羅は相手がいるであろう辺りの後ろに付く。
『さっき〈グラーフ・ツェッペリン〉から飛び立ったのがそんな気がしてたんだ。自分の直感をもう少し信じれば良かった』
彼女なりに反省しているのだろう。洋一から見れば綺羅様はいつも直感で生きているような気がしたが。
「で、でもここから運河の中は攻撃できませんよ」
点在する空気孔から時折中の様子がうかがえるが、相手の姿を捉えることはできるだろうか。
『問題はそこなんだ。ところで洋一君』
突然綺羅様に話題を変えられる。
『この通風口、大きさはどのくらいかね』
「長さが五十m、幅十mです」
例の反乱ごっこでカイザー・ヴィルヘルム運河を使用すると決まってから色々調べさせられた。
佐世保の図書館まで「お使い」と称して行かされたりもした。
いちいち規格が決められている辺りブランドルらしいなとは思っていた。
『十式艦戦の大きさは?』
「二号艦戦で幅十一m、全長九・五三mです」
自分の愛機なので隅々まで知っている。しかし今必要なことだろうか。
『そう、だから傾けないと通れない』
一体何を? 洋一がそう思った瞬間、綺羅機が横転した。
すぐそばにいた洋一も反射的に同じように横転する。二番機の習性のようなものである。
そして低高度でそんなことをすれば、あっという間に地面が迫ってくる。
立て直そうにも上からは綺羅機が迫ってきていた。
もう進める道は、目の前に開いた通風口しかなかった。
洋一は機体を横に倒して、穴をすり抜ける。周囲がいきなり暗くなる。
『ほら、通れた』
一緒に綺羅も運河の中へ飛び込んできた。
『何事も、やってもみないでできないと決めつけるのは良くないな』
曲芸じみたことをしながら、綺羅は論じていた。
「何するんですか!」
洋一も叫びながら機体を立て直す。
水面すれすれでなんとか引き起こせた。プロペラの端が当たった気もする。
「ほんっとうに! やめてくださいよこういうことは!」
悪ふざけで殺されてはたまらない。洋一の口調もいつもよりきつくなる。
『君ならできるって信じてたからさ、ほら』
綺羅が示した先に、長い運河が伸びていた。
両岸に土手と、一部が壁のようになっていて、そして橋の高さで天井で覆われている。
『ようこそ、カイザー・ヴィルヘルム運河へ』
ブランドルが誇る大運河に、綺羅と洋一は飛び込んできた。
薄暗い、それでいて広い隧道が延々と伸びている。
荘厳とも思える中を明通風口から差し込む光がぼんやりと照らす。その中を彼らは飛んでいた。
あそこから入ってきたのか。洋一は上を見上げる。自分でもちょっと信じられない。
『こちらクレナイ三番。我々は上から追いかけますんで』
上から小暮機が様子をうかがっているのが見えた。
『なあタケやん。ああいう芸当は常識外れな人たちに任せて、俺たち凡人は大人しく行こうや』
一緒に常識外れにされるのは心外であった。
『やった、狙い通りだ。彼らは目の前にいるぞ』
しかし常識外れが困難な道を切り拓くのも事実である。
主脚を出しながら前方を見ると、銃火が飛び交っているのが見えてきた。戦闘している最後尾に付けたらしい。
『今度はこちらの番だ。雷撃隊を救いに行こうか』
たしかにこの状況をひっくり返せるのはこの世にただ一人、紅宮綺羅だけなのだ。
そして自分はそれに付いていくしかない。
二機の十式艦戦が肩を並べて後を追う。
気持ちを切り替えて、洋一は前方の敵に意識を向けた。




