22 手ぶらでは帰らせない
低空を這うように飛びながらシュトラウスたちは、キール軍港の様子を見た。
「ひどいものだ」
あちこち黒煙が上がり、海上は沈んだり横転した大型艦が死んだ鯨のようにその骸を晒していた。
『マイヅルはもっとすごかったんだぜ。急降下爆撃隊もいたから港湾施設も派手に燃やしたし。あんときはスカッとしたが、やられてみると惨めなもんだな』
惨めどころではない。主力艦を殆ど喪い、バルト海艦隊が無くなってしまったのだ。
『しかもやったのがオンボロ複葉機だぜ。曲芸時代の仕事道具かよ』
「それでは翼の上に飛び乗ってチャンバラでもしてきたらどうかね」
『あいにくサーベルは持って来てなくてな』
ボルコフは腰に差していた拳銃を取り出して見せてきた。
『鉄砲は地上から見ても映えなくてな、受けが悪いんだよ』
ロシアのトカレフ自動拳銃をくるくる回す。
『で、これからどうする? シュトラウスの旦那』
軽口で気を紛らわすしかない状況ではあるが、何もしないというわけにはいかない。
「見たところ中隊規模の戦闘機がいる。しかもキーラが指揮官だ」
『二機で喧嘩は売りたくないな』
頑張って振り切ってこうして低空を這うように飛んで隠れてはいるが、見つかればひとたまりもない。エンジンは暖まってきたが、とても正面からかなう相手ではない。
『お、連中帰るな。ほんとに運河に入っていくよ』
こうして見るとなかなか信じがたい光景ではあった。
「入っていくのは雷撃機だけか、戦闘機は先に帰るのかな」
戦闘機隊は運河に入らずに上を飛んで行く。
『まああんな中通るのは足の遅い複葉機だけだろ』
戦闘機に襲われないからあんな複葉機でも来られたか。まったく、妙なことを考えるものだ。
そこでふと、シュトラウスは「妙なこと」を思いついた。
「なあボルコフ君」
わざとらしく改まった口調でシュトラウスは横を飛ぶロシア人に呼びかけた。
「君は人を驚かすのが得意かね?」
『おうよ、『空を歩く男』グレゴール・ボルコフ。いつでもどこでも拍手喝采だ』
「ならば付き合っては貰えないかね」
そう云いながらシュトラウスは乗機の翼を傾けた。
『おいおい、もしかしてまさか、やるつもりかい?』
「この機体はFo109T、いつものE型よりも主翼が1m長くて、少しばかり低速が得意でね」
シュトラウスは初代皇帝の名を冠したカイザー・ヴィルヘルム運河へと、高度を下げた。
暗い穴をぽっかりと開けた水門が目の前に迫る。地獄の門にも見えるその口の中へ、シュトラウスのFo109Tは飛び込んだ。
『そこまで云われて引っ込んだんじゃ、ボルコフ様の名が泣くってもんだな』
マヌールはもっと低速が得意なのである。フォッカーにできてマヌールにできないはずはない。ボルコフもシュトラウスの後を追って水門へと飛び込んだ。
思っていたよりも中は広い。その気になれば横に並んで飛ぶこともそう難しくはない。
『たいしたことないな。たまに船がいるのと、おおっと!』
マヌールは慌てて翼を傾けた。橋桁をすんでの所で躱す。
「脚を出すんだ。速度を殺さないといつか躱せなくなるぞ」
見るとフォッカーは主脚を降ろしてフラップも下げている。
『しかたねぇな、かっこ悪いがやるしかないか』
マヌールも主脚とフラップを降ろす。これで多少ましになった。
薄暗い隧道の中を、二機の戦闘機が征く。上にいるはずの秋津の戦闘機隊はまだ気づいていない。
『まったく、流れ流れてこんな地球の裏までやってきて洞穴潜りをやる羽目になるとはな』
「云っておくがこの運河も天井も、ブランドルの技術の結晶だぞ」
自国民としては誇るべき運河である。
『洞穴は洞穴さ。薄暗くてジメジメしている』
しかしロシア人の口は悪い。他国の誇りなぞ気にもとめない。
『しかしその湿気た穴の奥にはお宝があるのが相場だからな』
彼らの前方ににお宝、フェアリー・ストリングバッグ雷撃機の影が見えてきた。
『さあ五百ルーブルが列になってやがるぜ!』
横に並ぶシュトラウスも照準を合わせていた。




