21 キール軍港魚雷祭り
洋一は機体を傾けながら眼下を見下ろした。
海とコンクリートがせめぎ合い、そして何隻もの鉄の船が浮かんでいる。
これがキール軍港か。
巡洋戦艦らしき大きな船影がいくつか見える。一回り小さい似たような艦影は重巡洋艦か。
『〈マッケンゼン〉だ。〈マッケンゼン〉だ。南の埠頭のところ。西側の岸壁のは、もっとでかいな。〈シャルンホルスト〉かな? あ、もっと西の水路の中にもう一隻』
軍艦に詳しい松岡が解説してくれる。ぱっと見て三十隻以上の軍艦がここにいる。
ブランドル海軍の三分の一が駐留するのがここキール軍港であった。獲物には困らない。
『クレナイ三番より四番。タケやん、ちょっと周り見てて』
洋一が振り向くと、三番機の小暮二飛曹が私物のカメラで軍港内のあちこちを撮影していた。
今日は四番機に入っている武内三飛曹機が少し距離を取って周囲を見回している。
確かに大変に貴重な光景だった。
なにしろキール軍港である。普通なら偵察機が命がけで撮らなければ撮影できない。
「今攻撃した空母、見慣れない形してたけど新型かな?」
上から見るとロシア式の空母と違ってあちこちえぐれたような甲板になっていた。
『多分〈グラーフ・ツェッペリン〉だと思う。ブランドルの国産空母とかなんとか』
ブランドルもいつまでもロシア合衆国から買ってばかりというわけにも行かなくて国産化したのだろうか。こちらにとっては幸いなことにその真価を発揮する前に転覆しつつあった。
「あ、東のドックに〈ガングート〉級みっけ」
ドックの中に、平たい甲板に大きな煙突と艦橋。一年前の舞鶴以来のお目見えとなる〈ガングート〉級空母の姿も見えた。
そしてそんな中をストリングバッグ雷撃機が縦横に飛び交っていた。
『バッカニアリードより各機。でかい獲物から確実に仕留めろ。焦らずしっかり魚を喰らわせろ!』
バッカニアリード、デズモンド少佐の声もどこか楽しそうであった。
ここはキール軍港。雷撃隊が最高に輝ける場所なのだ。
一隊がまず南の〈マッケンゼン〉にむかう。大きく防波堤のように張り出した埠頭の外側に停泊していた。先の大戦末期に建造された三十五センチ砲八門搭載の巡洋戦艦。性能的には空母に改装前の〈金剛〉級に匹敵する。
三機のストリングバッグ雷撃機がきれいな編隊を組んで降下していく。まるで演習のようだ。そしてこの状態でもまだ対空砲を撃ってこない。
ぎりぎりまで接近して魚雷が投下される。三筋の白線が海面に描かれ、それが〈マッケンゼン〉と交差した。
前部艦橋と煙突、そして後部艦橋の脇に、並び立つような水柱が上がった。巻き上げられた海水が艦全体を洗い流す。そして水柱が収まりきる前に追加で魚雷が命中した。
〈マッケンゼン〉が急速に傾斜を始めた。五発もの魚雷が命中した左舷はあっという間に海水に沈み、海面に叩きつけられた艦橋が魚雷に負けないほどの盛大な水柱を上げた。
撃沈だ。洋一は開けた風防から頭を出して海面を見る。叩きつけられた艦橋はバラバラになって破片が散らばっていて、その中に動く人間も見えた。
視界の端で何かきらめく。そちらにはたしか〈シャルンホルスト〉級がいたはず。視線を向けると新たな戦いが始まっていた。
〈シャルンホルスト〉はなんとか動き出すことには成功していた。
這うような速度で港の外に出ようとする。そしてこちらは対空砲を周囲にまき散らしていた。
〈マッケンゼン〉より少しだけ大きい船体に、三十八センチ砲八門を搭載した巡洋戦艦〈シャルンホルスト〉。〈赤城〉級巡洋戦艦の対抗馬のような艦だった。
ストリングバッグは三機ずつ両側から接近していく。
まず一隊が海側から追いかける。雷撃機を対空砲が追いかけ、周囲に小さな水柱が幾つも上がる。
遂に三番機に弾が追いついた。上の羽根が吹き飛ばされ、機体がもんどり打って海面に突っ込む。残った二機は旋回し、斜め前方から〈シャルンホルスト〉に襲いかかった。
魚雷は艦の右舷側中央部、そして前方に命中した。
特に前方に命中した魚雷は〈シャルンホルスト〉の艦首を破壊する。自らの速度で膨大な浸水をもたらし、それにより艦首が水面より下に突き刺さった。
殆ど船足を止めたところで陸側から三機が魚雷を投下、さらなる浸水を引き起こした。
〈シャルンホルスト〉は浮力を喪い、甲板のすべてが海水で洗われるようになった。着底するのも時間の問題だろう。
『くたばれマッケンゼン! くたばれシャルンホルスト!』
無線でノルマン語の歓声が飛び交っていた。
『カレーの仇だ莫迦野郎!』
ノルマン人たちにとって彼ら巡戦艦隊は、去年の七月に巡戦艦隊にカレーを艦砲射撃した憎き敵であるらしい。その仇討ちだけあって彼らの喜びようはひとしおだった。
『水路のもう一隻はちょっと難しいかな』
綺羅の言葉の通り、水路の奥に停泊しているもう一隻の〈シャルンホルスト〉級は魚雷で攻撃するには難しい位置だった。
水路の幅が百mぐらいしかないので、艦腹を狙っても魚雷を走らせることができない。
「あれは爆弾じゃないと無理ですね」
その辺が港湾攻撃の難しいところだった。目刺しのように並んで停泊されたりして、魚雷では攻撃できない位置にいることもある。
たしかヴィルヘルムスハーフェン攻撃隊は艦攻隊の三分の一が八十番(八百㎏)徹甲爆弾搭載だそうだ。
「するとあのドックの〈ガングート〉級も無理かな」
ドックに入っている〈ガングート〉級空母は、ドック内の水を抜いて修理中だった。あれでは魚雷をぶつけられない。
『そのはずだが、おや』
それでも三機のストリングバッグ雷撃機がドックに向かっていた。彼らが狙うのは海に面したドックの入り口たる水門。隊列を一列にすると、次々と魚雷を投下した。
一発は隣に逸れたが、二発が水門に命中。爆発と共に水がドック内に流れ込み始めた。
しばらくすると流れ込む勢いに負けて水門が内側に倒れ込み、更なる浸水を招いた。
流れ込んだ奔流は船台を押し、いくつかを流してしまった。
支えを喪った〈ガングート〉級は嫌な音を立てて他の船台も押しつぶし、遂にはドック内で横倒しになってしまった。
再び無線で歓声が上がる。
今度は秋津の声も多い。こいつは舞鶴で横転、沈没した空母〈霧島〉の仇でもあった。
残った三機の雷撃隊は〈マッケンゼン〉の隣で停泊していた巡洋艦、おそらく〈アドミラル・ヒッパー〉級重巡洋艦に魚雷を叩き込んだ。
〈アドミラル・ヒッパー〉級は〈マッケンゼン〉級の半分の排水量しかない。三発もの魚雷を喰らっては、ひとたまりもなく沈むしかなかった。
かくしてキール軍港はストリングバッグ雷撃機の栄光の地となった。
『バッカニアリードより各機、素晴らしい! 我々は歴史に名を刻んだぞ!』
デズモンド少佐が声高に叫ぶが、実際にそれにふさわしい戦果だった。巡洋戦艦二隻に空母二隻と重巡一隻。それを二十三機の雷撃機がもたらしたのだ。
My Stringbag flies over the ocean.
我がストリングバッグは大洋を征く
My Stringbag flies over the Canal.
我がストリングバッグは運河を征く
また彼らは唄い始めた。
「ユウグレ一番より皆さん。早く引き上げましょう」
ユウグレ一番、池永中尉が乱痴気騒ぎを始める彼らをなんとかなだめる。
そろそろ港の対空砲が目覚め始めたし、攻撃寸前に〈グラーフ・ツェッペリン〉から飛び立った二機の戦闘機も気になる。
『それもそうだな。宴は母艦で開くに限る』
デズモンド少佐はなんとか納得してくれた。
『では雷撃隊諸君、集合。再び皇帝陛下の運河を使わせて貰うとするか』
大きく旋回しながら散らばったストリングバッグ雷撃機が集まってくる。隊列を整えると先ほど一機墜落した地点で一旋回する。
上空から見て残骸は浮いているが生存者がいるかは判らない。
何人かが自分の救命胴衣を投げ込んで、別れを告げた。
そのあと行きと同じように一列になって、ストリングバッグ雷撃機の列はカイザー・ヴィルヘルム運河へと吸い込まれていった。
これで安全に北海まで抜けられる。そのはずだった。




