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1 ブランドル新皇帝戴冠式

 萬和(ばんな)十一年(一九四一年) 六月十五日

            ヴェルサイユ宮殿


 ノルマン王家の栄華を体現した、絢爛にして豪華なベルサイユ宮殿。

 幾多の戦乱を乗り越えてきた歴史的遺物に、久々に賑わいが訪れていた。栄光のテューダー朝を象徴する華麗な装飾をふんだんに施した広大な広間を、久方ぶりに多くの着飾った人たちが埋め尽くしていた。

 栄光の時代といささか異なるのは、そこに占める人のほとんどが厳めしい軍服に身を包んでいること。そしてなによりその中央にいるのがブランドル皇帝であることであった。

 ハンガリー王冠、オーストリア帝冠、そしてブランドル王冠。三重帝国を示す三つの冠が並べられている。その前にひときわ輝く八角形の帝冠、神聖ローマ帝国の象徴を、皇帝ヴィルヘルムⅢ世は高々と掲げ、それを自分の頭の上に載せた。

 それを合図に居並ぶ武官たちが軍刀を抜き、白銀を林立させた。

「皇帝万歳」

 男たちの声はヴェルサイユ宮殿の鏡の間に響き渡った。

 これにてブランドル・オーストリア・ハンガリー三重帝国の新たな皇帝、ヴィルヘルムⅢ世が誕生したことを、内外に示した。

 ブランドルの首都ベルリンでなく、占領したヴェルサイユ宮殿で戴冠式を挙行したのも、このたびの戦争における彼らの勝利を高らかに唱えるためのものであった。まさしく七十年前、武諾戦争の勝利を持って曾祖父であるヴィルヘルムⅠ世が統一ブランドル皇帝に即位した光景の再現であった。

 そこにいた数少ない軍服を纏わない人たち、報道陣がカメラの砲列を向け、一斉にフラッシュを放つ。

 まばゆい光を浴びせられた新生皇帝は満足げにそれを受け止めた。自分こそが、このブランドル帝国こそが欧州の覇者となったことを広く知らしめたかった。

 戴冠式の様子はラジオによる中継で帝国全土に届けられていた。

 何台もの映画用カメラによって撮影された映像は、帝国宣伝局が一月で映画にまとめられる。今まさに戦っているノルマンや秋津の記者もわざわざ中立国経由で入国させている。

 世界の隅々まで知らしめるべき偉業なのだ。

 この式典の政治的効果を最大限に活かすために、新皇帝は臨時に設けられた演台へと登る。

 数多の記者たちを前に、ヴィルヘルムⅢ世は語り始めた。

「今日この目出度き日を以て、我がブランドル帝国は、そして世界は新しい道へと踏み出す」

 宮殿すべての人が、そしてラジオの向こうの帝国臣民が自分の言葉を聞いている。高揚した様子を見せまいと、努めて落ち着いた声にするよう皇帝は自分に言い聞かせる。

「古き戦争の時代は終わらなければならない。新しい時代は平和とともに訪れなければならない」

 自身の即位を契機として、ブランドルは停戦を申し出た。

「ノルマンの兄弟たちよ。キリスト教徒同士で争う時間は終わった。諸君らが武器を置けば、我らはベルリンへ帰ろう。ともにわかり合うことができれば、パリは君たちの元へ還るであろう」

 もちろんエルザス・ロートリンゲンは返してもらう。賠償金も一千億マルクぐらいは貰わないと割に合わない。前の戦争の分まで取り立てないと。

 戦争はとかく金がかかるのだ。

「そしてアキツの友たちよ。我らが争う理由はもはや何もない」

 アキツの軍隊も先月ブリタニー半島から撤退し、欧州への足がかりを喪った。和平を結ぶにはいい機会のはずだった。

「不幸な行き違いがあったかもしれないが、我らはかつてベル・アリアンス(ウォータールー)にて肩を並べて圧制者クロムウェルと戦った仲ではないか」

 ずいぶんと古い話であるが、その辺りまで遡らないと両国が仲が良い時期が無かった。

 何しろ先代皇帝が黄禍論を唱えたりして、むやみにアキツとの関係を悪化させていたのである。

 アキツの開国以来の付き合いであるが、ブランドルはどうもこの異教徒の国との距離感を図りかねていた。この即位を機に仲直りをしたいものだ。新しい皇帝は自分ならそれができると確信していた。

「平和への扉は今、朕の手によって開かれた。安寧を願う世界の民が、我らが門に集うことを、切に願う」

 満足げに新たな皇帝ヴィルヘルムⅢ世は周囲を見回した。いい演説だった。心の底から彼はそう感じていた。

 機嫌の良くなった彼は記者の中から東洋人らしき集団を見つける。おそらくアキツから来た記者たちだろう。

 彼らにもう少し訴えかけるか。

 マルセイユに立てこもっているノルマンはともかく、ポルトガルが保持されていればアキツは休戦に応じてくれるのではないか。そう期待して、皇帝は草案にない言葉を付け加えることにした。

「アキツの諸君も、早く我らの元にきたまえ。肉で美味しく腹を膨らませられるぞ。我慢して魚を食べることはないのだ」

 彼としては場を和ませる小粋な軽口(ジョーク)のつもりだった。


 そしてその言葉が秋津で報じられるやいなや、激烈な反応を引き起こした。

「我らは誇りを持って魚を食す」

「豚肉喰らいの野蛮な皇帝にはけして屈しない」

 秋津皇国の世論は新皇帝の演説で徹底抗戦一色となった。

 舞鶴奇襲から始まって元々国民世論はブランドル許さじではあった。

 それでも開戦から一年が経ち、欧州大陸からもたたき出された。厭戦機運も漂い始めた頃合いではあるはずだった。

 そこで新皇帝の余計な一言は、国民の敢闘精神に活を入れてしまった。休戦を口にしようものなら「豚肉野郎」とそしられる有様である。

 皇帝は自らの言葉で、和平の道を閉ざしてしまった。

 食に関する微妙な機微を読み違えて関係を悪化させる辺り、新皇帝もまた先代とよく似ていたのかもしれない。


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