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17 キール攻撃隊 発進

 飛行甲板ではすでに二十三機のフェアリー・ストリングバッグ雷撃機が並んでいた。

 腹には黒光りする魚雷が抱かれている。

 空母〈ヴィクトリアス〉は煙突から盛大に煙を吐き出して風上へ艦首を向ける。速力は三十ノット。随伴する〈プレジデント・オブ・ウィンザー〉をじりじりと引き離しつつある。

 洋一が飛行甲板に出たところで、ちょうど先頭の機体が走り始めるところだった。

 真ん中の観測員席に座っているデズモンド少佐が、艦橋に向けて敬礼していた。

 洋一は慌てて帽振れで見送る。艦の中央辺りから滑走し始めたストリングバッグはいかにも遅い。洋一の感覚だとどこか壊れているんじゃないかと思うほどの速度で滑走し、先端に達する。

 艦首を越えたところでストンと機体が落ちる。一瞬ダメかと思ったが、海面の寸前で踏みとどまり、そのまま海面を舐めるような低さで飛ぶ。

 わずかに高度を取り始めた頃にはもう次の機体が走り始めていた。

 次から次へと、前の機体が飛行甲板から出たと思ったらもう次の機体が滑走を始めている。二十三機もの機体を一気に出撃させるためにギリギリまで間隔を詰めて発進していた。

 二十三機を発艦させるのに十分もかからなかった。

 さすがに高い練度を持っている。でかい態度は伊達ではなかったということか。最後の機体に帽子を振りながら、洋一はそんなことを考えていた。

 間を置かずにすぐにエレベータが動き出す。次は十式艦戦の番だ。後ろのエレベータも使って十二機が慌ただしく押し上げられる。洋一は自分の機体へと駆け寄った。

 千鳥配置に二機ずつ並べられる。翼を広げるのを手伝いながら、洋一は愛機の最終チェックを済ませる。一周して胴体を軽く叩いて挨拶してから、洋一は操縦席へよじ登った。

 前を見ると指揮官機である紅宮綺羅の紅い尾翼が見える。操縦席では綺羅の縛帯を締めるのを整備員の朱音が手伝っていた。

 何やら話しながら作業、そのたびに朱音の表情がころころ変わる。忙しい顔だな。そう思っていると最後にプロペラが回り始める。

 発進前作業を終えた朱音がこちらの操縦席に昇ってきた。

「準備できてるじゃない。ちゃんと締まってる?」

「おまえのはきつすぎるんだよ。振り向いたりするんだから少し緩くないと」

「うるさいわね燃圧よし電気よし、はい始動」

 始動ボタンを押し込むと、小さな爆発音が機体を揺るがす。始動カートリッジが爆発し、プロペラが蹴られたように回り始めた。そして別の爆発音が追いかけ始める。

 エンジン始動。

「三番二発積んでるから、離陸速度は三ノット増しね」

 爆装していることを注意すると、朱音は胸ポケットに手を伸ばした。

「あとこれ。おやつにでも食べなさい」

 そう云ってキャラメルの箱を渡してくれた。

「お子様じゃないんだけどなぁ」

 とはいえ実は甘い物は助かる。

「余ったら返しなさいよ」

 そう云って朱音は機体を降りて後ろに向かう。半分は返さないと怒るかな。そんなことを考えながら洋一は胸のポケットにキャラメルの箱を大事に締まった。

 十二基の葛葉エンジンが三十六枚のプロペラを回す。爆音が甲板に轟き、共鳴して、独特のうなりを上げた。

挿絵(By みてみん)

 十式二号艦戦。秋津海軍の最強の翼が、ノルマン海軍最新の空母の上で震える。各機のエンジンが充分に温まった頃、指揮官機より無線が届く。

「クレナイ一番より各機。行こうかキールへ」

 一番前にいた紅い尾翼の操縦席から手が伸び、それが前に振られる。先頭の十式艦戦が走り始めた。

 綺羅機は軽やかに加速し、艦首に達する。そのままふわりと浮かび上がる。ほぼ同時に発艦手の旗が振られた。

 洋一は両足で踏み込んでいたブレーキをぱっと離す。

 木甲板の〈翔覽〉と違って装甲にコンクリと滑り止め塗装を施された〈ヴィクトリアス〉の甲板は真っ平らで滑るように加速していく。

 三番(三十㎏)爆弾二発をぶら下げている分重いが、まあ人一人増えただけだと思えば大したことはない。

 帽振れをする整備員や艦橋の士官たちに敬礼をするとあっという間に加速して艦首から飛び出した。

 少しだけ沈み込んだが、操縦桿を軽く引いて風を掴むと、あっさりと上昇に転じる。新しい葛葉二一型エンジンはやはり力強い。

 車輪を引き込むと洋一は急いで前方を探す。紅い尾翼の十式艦戦が緩やかに上昇旋回していた。洋一はその後を追う。

 大きく一回転ほど旋回している間に、十二機すべてが上がってきて編隊を組む。

 綺羅が振り返って全機を確認しているのが洋一には見えた。一つ頷くと彼女は天蓋(キャノピー)を閉めた。

 針路は北東。目標はキールであるがその前に護衛対象である雷撃隊との合流をしなければならなかった。

 普通の発艦だと重くて滑走距離の必要な雷撃機が後ろ、前に戦闘機を並べた状態から搭載機の半分ずつで出撃するが、今回は雷撃機二十三機だけを並べた状態から発艦を始めた。

 二波に分けて出撃していたら、五月雨式の投入になってしまうし、途中でばれるかもしれない。そのために雷撃機は一度に全部出す必要があった。

 あと何よりストリングバッグ雷撃機の速度が遅いので、後から出撃しても戦闘機隊は充分追いつけるのだ。

 ストリングバッグの巡航速度が一〇二kt(一九〇㎞/h)、十式艦戦は二号になって二〇〇kt(三七〇㎞/h)と殆ど倍である。

 一時間もしないうちに、トンボのような群れが見えてきた。やや低空。見つけたかと思ったらあっという間に追いついてきた。

 間違いない、複葉機の群れだ。

「こちらクレナイ一番。バッカニアの諸君、これより護衛に付く」

 複葉機の先頭が大きく翼を振った。

『こちらバッカニアリード、お待ちしておりました姫君。よろしく頼みますぜ』

 丁寧なんだか乱暴なんだか判らない返答だった。

戦闘機隊は雷撃隊の千mほど上空に付く。護衛の位置である。洋一たちは周囲に視線を巡らし警戒する。

 しかし遅い。遅すぎる。

 戦闘機隊は大きく蛇行して速度を合わせるが、それでも前に行きすぎてたまに大きく一回転しなければならなかった。

 こんなのを護衛するのは大変だぞ。洋一は下にいる古めかしい複葉機を見た。

 海の上なら見つからないかもしれないが、陸に上がって目撃されれば通報されて戦闘機がやってくる。遅ければそれだけ向こうが駆けつける時間を与えてしまうのだ。

 更に三十分ぐらい飛んでようやく南東の方角に陸地が見えてきた。

 まだ見つかるなよ。洋一の周囲への警戒も忙しくなる。

『無線受信。??? お、これは君たちの突撃の合図か』

 デズモンド少佐が知らせてくれる。電鍵信号だと秋津の「ト」と欧文の「?」が同じなのだ。

「どうやら君たちの第二波は攻撃を開始したらしい。これは我々も負けてられんな」

こちらより少し早く出撃した第二波攻撃隊がヴィルヘルムハーフェンに到着したらしい。

 向こうは古巣の〈翔覽〉を始め顔なじみが沢山いるのだ。上手くいっていれば良いが。



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