表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/28

15 ガレオン作戦 前哨戦

 七月十五日 〇三〇〇

 北海 空母〈ヴィクトリアス〉

 

 ブザーの音が室内に響き渡る。秋津の搭乗員たちに起床がかけられた。

 あるものは寝床への未練と格闘し、あるものは待ちかねたとばかりに飛び起きた。

 まだ夜明け前で、外は当然のごとく暗い。しかし空母〈ヴィクトリアス〉はすでに目覚めていた。

 北海を艦隊として出せる最高速度の二十六ノットで疾走し、風上へと針路を向ける。居住区で身支度をしている頭上を、ゴトゴトと走って行く音が聞こえる。

 ヘルゴラント島への攻撃に向かう、ストリングバッグ雷撃機たちが発艦する音だった。

 夜間発艦、夜間飛行、そして夜間攻撃のできる精鋭十二機である。彼らはいつもの魚雷でなく、一一〇㎏爆弾六発をぶら下げた陸上攻撃仕様のはずだった。そして二機は照明弾を搭載しているそうだ。

 夜間飛行は単座戦闘機には荷が重い。

 それに夜間攻撃なので護衛は不要と判断されて秋津の戦闘機隊は随伴しない。なので洋一たちは雷撃隊の発艦の音を聞きながら朝食を食べていた。

 麦飯に塩鮭に漬物に味噌汁。

 なんてことのない海軍の朝飯だが、出撃の朝のため秋津側の烹炊員たちが手を尽くして用意してくれた。

 大事な朝にあの黒くて固いパンに黒いペンキみたいのを塗りつけたやつを食べさせられるのはごめんだった。

 腹を満たすと全員格納甲板へと集まった。搭載機がぎゅうぎゅうに押し込まれた一角、ちょうど出撃した雷撃機のために空いた空間に、秋津の戦闘機隊頭乗員が整列した。

 隊員に向き合って立つのは戦闘機隊飛行隊長兼第一中隊長紅宮綺羅。その隣に第二中隊長である朝倉忠夫も並んでいる。部下たちを見回すと、綺羅は格納庫に声を響かせた。

「おはよう諸君。まだ開けてはいないがきっと良い朝だ」

 朗らかに綺羅は語りかける。

「今日は七月十五日。ブランドル皇帝ヴィルヘルム三世陛下のありがたい即位演説からちょうど一ヶ月だ」

 舐め腐った実にふざけた内容だった。秋津人たちの敵愾心がふつふつとこみ上げてくる。

「我々は丁重に、そう実に丁重に返事をせねばならない。声高く、力強く我らが意志を返さねばならない。どこに? そう、ヴィルヘルムスハーフェンに」

 今日その日のために、いささか急いでではあったが訓練を重ねてきた。それが報われるときが来た。

「まあ少々残念なことに、我ら〈ヴィクトリアス〉派遣戦闘機隊の任務は艦隊防空だ。しかし敵の苛烈なる反撃から艦隊を護るのも、また重要な任務だ」

 ヴィルヘルムスハーフェンから一五〇海里(二八〇㎞)と敵の懐に飛び込む以上、奇襲効果が薄れれば敵の反撃は激しくなる。手を抜いて良い仕事ではなかった。

 とはいえせっかく来たのにヴィルヘルムスハーフェンを拝めないという落胆と、早く離脱できればそれほど反撃は来ないだろうという楽観的な予想から、どこか弛緩した空気もある。

 本来なら看過すべきでない兆候であったが、隊長である綺羅は咎める様子はなかった。むしろ秘密が守れていることに満足している様子であった。

「それに、戦場はいつも予定通りには行かないものだ。いかなることが起きても良いように、備えておいてほしい。以上だ」

 そう云って綺羅は講話を終えた。搭乗員たちは最後の言葉も、ちょっと気合いを入れた程度に考えている。しかし洋一は、自分と目線が合ったときに不敵に笑ったのを見逃さなかった。

 なにしろこれから予定外の事態が起こることが、予定されているのだ。

 秘密を抱えている一人として、洋一の胃の辺りが痛くなってきた。

 気を落ち着かせるために洋一は自分の乗機に向かう。

 狭い格納庫の中で翼を折りたたんだ十式艦戦の周りを回っていると整備員の小野朱音が寄ってきた。

「ねぇ、今日の洋一たちの任務って艦隊防空よね?」

 朱音は声を潜めて尋ねてくる。

「う、うん」

 表向きはそうである。表向きは。

「綺羅様に爆弾の準備しておいてくれって頼まれたんだけど」

「た、対潜哨戒のためじゃないかな?」

「頼まれたの三号爆弾なんだけど」

 三号爆弾。時限信管で上空で炸裂して焼夷材をまき散らす。最近配備された新型爆弾だった。使用用途は主に飛行場爆撃である。

「い、いろいろ考えがあるんだよ、多分」

 ここも落ち着かないので洋一は外に逃げることにした。

 飛行甲板に出ると、黒の中に朱がにじみつつあった。

 もうすぐ夜明けなのだ。波も穏やかで、どうやら飛行日和となりそうだ。

 エレベータで機体が上げられてくる。闇の中にわずかに浮かび上がるシルエットから、主翼を折りたたんだ十式艦戦であることが判る。

 懐中電灯の明かりだけで整備員たちが動かし、翼を展開し、出撃準備を進めていく。朝一番で艦隊防空に上がる第二中隊の機体であった。

 一個小隊四機が並んでエンジンを始動する。暖気のために轟く音が残った夜を吹き飛ばそうとしているようだった。しばらく聞いているうちに別の音が混ざってきたことに気づいた。

 はるか南、漆黒と呼んで良い空の中に、朝日を浴びてわずかに朱く浮かび上がった影が見えてきた。

 ヘルゴラント島を攻撃してきた〈ヴィクトリアス〉搭載のフェアリー・ストリングバッグ雷撃機だった。

 艦の方でも接近に気づいてマストトップの灯りを付けて誘導する。ストリングバッグの編隊がわずかに針路を修正してこちらに向かってきた。

 時計を見ると四時四十五分。予定より少し早かった。

 編隊が艦の上空に差し掛かるあたりで艦上の戦闘機隊の動きも慌ただしくなる。ストリングバッグが着艦する前に飛行甲板を空けなければならない。予定より早いが発艦となる。

 艦の針路が風上へと向けられる。並んだ十式艦戦の搭乗員が手を振る。

 洋一と数名の仲間が帽振れをして見送る中、四機の十式艦戦が次々と発艦していった。

 その後を追いかけるようにすぐにストリングバッグが着艦してきた。複葉機らしい軽々とした接地で次から次へと降りてくる。

 さっきまで十式艦戦があった辺りに機体がたまっていく。洋一が数えてみるとその数は十一。

 たしか出撃は十二機だったはずだった。

 降り立った搭乗員たちが艦橋の脇に整列する。並んでいる人数を数えてみるとやはり三十三人であった。

 彼らの前に立った艦隊司令と航空参謀が敬礼する。周辺にいた洋一たちも敬礼で彼らを迎える。

「報告します。ヘルゴラント島攻撃隊、ただいま帰還しました」

 搭乗員を代表してデズモンド少佐が先頭に立つ。

「〇四〇二ヘルゴラント島上空へ到着、二機による照明弾投下の後に飛行場への攻撃を敢行しました。三機が滑走路、五機が格納庫への攻撃、二機が通信塔攻撃。対空砲による敵の反撃は確認できず」

 夜間の奇襲攻撃は、どうやら成功したらしい。

「滑走路の破砕、格納庫の破壊および火災の発生を確認。通信塔も倒壊を確認しました。なお通信塔攻撃の一機が目標へ衝突、未帰還となりました」

 十二機で夜間攻撃をかけて未帰還一機。

 おそらくは少ないのであろうが、それでも一機は一機であり、そしてその一機には三人が乗っていた。聞いていた洋一も少し胸が重くなる。

「ご苦労。ヘルゴラント島からの通信は本艦でも傍受されていない。諸君らの攻撃が成功したものと思われる」

 艦隊司令が首を横に回すと、視線の向こうで茜色の空にぽつぽつと黒い影が浮かび上がっていく。

 夜明けと同時に発艦した、ヴィルヘルムハーフェン攻撃隊であった。

「我々の奇襲は、未だ継続中なのだ。これより行われるヴィルヘルムハーフェンへの攻撃を成功に導いたのも君たちだ。私は諸君たちを部下に持ったことを誇りに思う」

 J艦隊司令サザーランド少将は胸を張って搭乗員たちを称えた。

「諸君たちはこの後待機となる。状況次第では再出撃があるかもしれないが、しばし身体を休めたまえ。ご苦労であった」

 搭乗員たちは解散となる。本来なら機体を整備員たちに預け、艦内に戻るところであるが、彼らは愛機に戻って機体を押すのを手伝っている。

「気合いが入っとるな連中」

 いつの間にか見ていた第二中隊の朝倉大尉が感心した口調で云った。

「あるかどうかも判らない次の出撃のために全力で備える。我々も見習わんといかんぞ」

 朝倉は周りの秋津の隊員に向けて訓示する。「次の出撃」があることを確信しているからなんだけどな。内心ではそう思っても表に出すわけには行かないので洋一は頷くしかなかった。

 ノルマンの搭乗員たちは急いで燃料を補充し、そして魚雷を搭載していく。

「よし、我々も手を貸すぞ。手空きの者は手伝え」

 感化された朝倉が腕まくりしてノルマン人たちに混ざるので、洋一たちも手を貸すしかない。

 かくして空母〈ヴィクトリアス〉は「次」の出撃に備えて忙しくなっていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ