表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/28

12 ブランドルだって空母が欲しい

    七月十四日

    バルト海上空


 緯度の高いブランドル北方でも夏の日差しは力強い。そんな中をシュトラウスとボルコフは連れだって飛んでいた。

『くわぁ、シュトラウスの旦那』

 大きなあくびをしながらボルコフが無線で語りかける。昨日の酒がまだ抜けてないらしい。

『今日の試験は午後からって聞いてたんだが、朝っぱらからなんの用だい』

 月曜日の朝から仕事はしたくないと予定を調整していたのに、シュトラウスに叩き起こされてリューゲン島から飛び立って今バルト海の上空にいる。そろそろ理由を教えてほしいところだった。

「まあもうすぐだ。期待していたまえ」

 シュトラウスの方はわりと上機嫌であった。Fo109Tとマヌールの編隊は東に向かっている。着艦訓練なら北海の空母〈オットー・リリエンタール〉を使用するはずだが、そうではないとすると。

 考え込んでみたが判らないのでボルコフはあっさり首を振った。無駄なことはしない主義だった。それにしてもこの夏の日差しは二日酔いにはつらい。

『大体キールとヴィルヘルムスハーフェンなんて中途半端なところに軍港が二つあるのがいけないんだ。めんどくさい』

 二日酔いの腹立ち紛れにボルコフはブランドル海軍に当たる。

「ユトランド半島で遮られているのだから仕方ないだろう」

 実際ブランドルの海はユトランド半島によって北海とバルト海に分かれていた。それぞれに海軍の拠点が必要となって、それがヴィルヘルムスハーフェンの大海艦隊とキールのバルト海艦隊となっていた。

「距離が近いということは人事異動も楽だ。悪いことばかりではない」

 ワルシャワ公国を陥落させてバルト海艦隊の拠点をケーニッヒスブルグに移そうという話もあるが、なかなか進まないのはその利便性もあるのだろう。

「さあてそろそろかな」

 シュトラウスのフォッカーが高度を下げ始める。霞のような雲が所々に浮いている空をかき分けると海が近づいた。ボーンホルム島を過ぎたあたりか。リューゲン島からかなり近い。

 海面に一筋の白線が見える。航跡であろう。波の様子からするとかなり大きく、そして速い。

 近づいていくとそれが平たく大きな甲板であることが判ってきた。間違いなく、航空母艦であった。

『ガングート級かな』

 ロシアより売却されたガングート級空母の二隻がたしかキールにいるはずだった。最近は機関の調子が思わしくなく港かドックにいることが多いのだが。

「近づいて挨拶しようじゃないか」

 シュトラウスが一気に海面近くまで高度を下げる。ボルコフもそれに続いた。相手の針路後方から、航跡をなぞるように追い抜く。

 艦首に大きく描かれたブランドルの三ツ矢の国旗。だがロシア人であるボルコフには見慣れたはずの甲板、ではなかった。そしてなにより煙突が小さい。

『おいおい、ガングートじゃないじゃないか』

 艦の上空を通過してボルコフは叫んだ。

「そう、ブランドル初の国産空母、〈グラーフ・ツェッペリン〉だ」

 空軍の所属であるシュトラウスには関係のないことではあったが、どこか誇らしげにその名を口にした。

『へぇ、ドックに収まっているのは何度も見ていたが、ようやく完成したんだ』

 ブランドルが初めて建造する空母ということで、いろいろと難航していた(ふね)ではあった。最初は皇帝の裁可が降りずに、高速補給艦という名目で予算が計上されていたこともあった。その後も何度も建造作業が中断され、永遠に建造されないのではとささやかれるほどだった。

「ようやく公試に入れるようになったのだ。そして栄えある着艦第一号が我々ということになる」

 そう云ってシュトラウスはその翼を振った。

「グラーフ。こちらシルヴァナー。着艦許可を求める」

「こちら伯爵(グラーフ)。着艦を許可する男爵(バロン)

 向こうもシュトラウスのことが判っているらしい。

『おやおや、着艦はお貴族様が最初ってことかい』

 ボルコフがからかってくる。まあそういう面もあるのだろう。リューゲン基地には他にも搭乗員がいたのに、わざわざ自分が指名された。

 しかし着艦ワイヤは爵位を考慮はしてくれない。貴族であるからこそ示さねばならないものもある。意を決してシュトラウスは着艦の経路に入った。

「ではいこうか。ボルコフ君、一周してから入ってきてくれたまえ」

 翼を翻して着艦周回に入る。フラップを降ろし、着艦フックを下げる。艦と反航する航路に入って車輪も降ろした。

 シュトラウスは横目で新しき空母を見る。大きさは少しばかり小さいがロシアの空母に比べると無骨な印象を受ける。

 操縦桿を倒してFo09Tは最終旋回に入る。高度を落としながら艦の後方に回り込んだ。

 旋回を終えるところで右のペダルを大きく踏み込んで、本来戻すべき操縦桿を少し左に傾けたままにする。横滑りのまま、Fo109Tは着艦コースに入った。

 ここ数日ですっかり慣れた横滑り着艦。とっさの思いつきでシュトラウスが見つけた方法は、マニュアル化されて他の隊員にも教育されることになった。このところ踏み込み量がどのくらいと調査のために何度も着艦させられた。海軍に派遣されて半月程度なのに教官のようなことまでやらされていた。

 慣れてしまえば視界も確保しやすい着艦法だが、下から見るとよそを向いて進入してくるので誘導しづらいらしい。誘導官の指示もどこか迷いがある。これは向こうにも慣れて貰うしかない。

 甲板が迫ってきた。シュトラウスは機首を正面に戻し、引き起こした。艦尾を過ぎ、海の上から艦の上に乗る。

 突き出されたフックがワイヤを捉え、Fo109Tが甲板に叩きつけられる。新造空母〈グラーフ・ツェッペリン〉に初めての衝撃をもたらした。

 数十mの滑走で機体が静止した。前で空転するプロペラの音だけが響く。シュトラウスは横開きの風防を開ける。新鮮な潮風が心地よかった。

 甲板作業員たちが駆け寄ってきた。ワイヤを外し、誘導員が前で手を振る。少しだけスロットルを開いて機体を前に進める。艦前方の駐機位置に進めると輪留めが差し込まれる。整備員が操縦席まで昇ってきた。

「おめでとうございます。シュトラウス大尉殿。〈グラーフ・ツェッペリン〉へようこそ」

「ありがとう」

 慇懃に挨拶するとシュトラウスは機を整備員に預けた。エンジンを冷ます必要があるため、まだプロペラが回ったままだった。

 甲板に降り立ったところで振り返ると、ちょうどマヌール戦闘機が着艦してくるところだった。こちらも機首を大きく横に振っている。

 マヌールの方がFo109Tよりも着艦速度が遅いので危なげなく進入してくる。幾分ふわりといった印象でフックがワイヤを捉えた。 

 急ブレーキをかけたように停止すると、周囲から甲板作業員が走って行く。やがて甲板前方にゆっくりと進んできて、Fo109Tの隣に停めた。開かれた風防からボルコフが飛び降りてくる。

「たしかに甲板が見やすいなこの方法」

 飛行帽を外しながらボルコフが話しかけてきた。

「君の機体は斜めにしなくても着艦できるのではないかね」

 視界の悪いFo109Tならではの苦肉の策であり、空母に降りることを前提に作られたマヌール戦闘機には不要な着艦方法ではあった。

「あんたにできて俺にできないんじゃ沽券に関わるんでね」

 そう云ってボルコフは不敵に笑ってみせる。

「うちで今後前が見えづらい艦上機作ったときに参考になるだろう。こいつはブランドルから得られた数少ない知見だ」

 海軍に関してロシア合衆国がブランドル帝国から学ぶことは少ない。

「まあ国産艦上戦闘機と国産空母。これで我がブランドルも君たち頼みの状況から脱することができる訳だ」

 艦も飛行機も、いつまでも他国から買っていては金もかかるし沽券に関わる。

「物だけあってもうまくいくもんじゃないぜ」

 しかしボルコフは嫌みを云う。

「この後はどうするんだい?」

 乗ってきたマヌール戦闘機から私物を降ろしながらボルコフは尋ねる。あの形からすると中身は酒瓶だろう。

「〈グラーフ・ツェッペリンは午後には全速試験を終えてキールに戻る。今日は公試と着艦祝いの祝典だそうだ。我々が着艦したことで空母としての性能を証明できたからな」

 艦橋の方に歩き始めながらシュトラウスは答える。

「気の早いことだ。まあいろいろ苦労してきたからな。この艦も永遠に完成しないかと思ってたよ」

 実現を疑問視されたり方針が転換されたり予算が削減されたり、この〈グラーフ・ツェッペリン〉は何度も工事が中断された。

「それだけに喜びもひとしおってことだ。これで自分たちで空母機動艦隊が造れる」

「どうかねぇ」

 しかしボルコフは懐疑的だった。

「おまえさんたちはまだまだ塩っ気が足りねぇ。海軍が判ってねぇ」

 酒臭い男が偉そうなことを言う。

「祝典ってことはこのあと呑めるってことだろう。俺が海軍ってもんを教えてやるよ」

 これはまた、夜は長くなりそうだな。いささかうんざりした表情でシュトラウスはため息をついた。

「明日は発艦試験があるからな。酒はほどほどにしたいんだが」

「どうせ午後からだろう? みんな呑む気まんまんじゃないか」

 戦争は概ねけりが付いたはずのこのバルト海。明日も穏やかな日が来る。この(ふね)の誰もがそれを信じていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ