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きれいな道とでこぼこな道

 あるところに、たろうくん、かすみちゃん、いちろうくん、ナターシャちゃん、りなちゃんのそれは御仲が非常によろしい五人組がいらっしゃいました。彼たち、または彼女たちは、大きななだらかな坂の中腹にございます学校に通われ、その学校にいらっしゃる間、すなわち三年の間、共にお過ごしになりました。お帰りになる道は異なりましたが、たろうくん、ナターシャちゃん、りなちゃんの御家は坂の上の方角にあられ、かすみちゃんといちろうくんの家は坂の下の方角にあったため、おひとりぽつんとお帰りになるということもなく、ご家庭の質も似通って、バランスの良い組み合わせでございました。

 さて、その御仲がよろしい五人組もご卒業なされ、それぞれ別の道を歩むことになりました。たろうくんは、東京の有名な私立大学にご進学なさり、かすみちゃんは、地元の保育関係の専門学校に通い、いちろうくんは、実家の家業を継ぎ、ナターシャちゃんは、アメリカの名門大学にご入学遊ばされ、りなちゃんは――どこも行くところがないようで、とりあえずもう一年受験勉強をすると宣言するのである。五人は「また一年後に地元の神社で会おう」とだけ約束し、それぞれ別の道に歩むのでございました。

 さて、それから一年が過ぎ、かすみちゃんは神社で他の四人を待っていると、金髪で筋肉質で体格の素晴らしい男性が話しかけにいらっしゃいました。かすみちゃんが非常に驚いた顔をしていると、「オレオレ」と満面の笑みを浮かべていらっしゃる男性を見て、かすみちゃんはたろうくんであることがわかりました。かすみちゃんは、清楚で真面目そうな雰囲気をした人が都会に進むと、こんなに変わってしまうのかと驚愕しました。それからすぐにいちろうくんが営業車のような車の中から現れました。タオルを首からかけて、真っ黒に日焼けはしていましたが、それでも、彼だと分かるような雰囲気でかすみちゃんは胸をなでおろしました。十分ほど経った頃でいらっしゃるでしょうか、優雅な御服に身にまとったナターシャ様がキャリーバッグをお持ちになってお越しになられました。はなはだ、海外のセレブのような華やかな成功の姿が大変お見えになるので、かすみちゃんは眩しくて見えないような御姿にひどく恐縮してしまいました。また、りなは受験で忙しくて来ないと連絡が来たとたろうくんが仰いました。約束とは何なのである。四人は大変華やかな御一日をお過ごしになり、「また一年後に会う」という同じ約束をして違う道を歩み続けるのでございました。

 さて、それから一年が過ぎ、かすみちゃんは幼稚園の免許取得を確実のものとし、あとは就職先を探しておられる中、この約束の日がやってまいりました。しばらく神社で待っていると、近くの営業車からいちろうくんが出てきました。相変わらず日焼けはしておりましたが、顔に少し傷ができたり、あざがあったりして大変そうだなとかすみちゃんは感じられましたが、いちろうくんは「こんなの朝飯前さ」とお強がりになっておられました。そして、次にお越しになられたのは、筋肉に磨きがかかったたろうくんでございました。どうやら、お話を聞くと、ラグビーをお極めになられていらっしゃるようで、いちろうくんが仰るには「就職に有利だ」というのが一番のメリットであるとお考えのようでございました。それから三十分ほどして、華麗な御姿であらせられるナターシャ様がお見えになられ遊ばされました。ナターシャ様が仰ること曰く、「今年博士を取って、来年は大学の准教授となる」と。りなは行けないと連絡が来たとたろうくんが仰いました。約束を一度破ってしまうと、次の約束のハードルが大変高くなるのは、世の中の常識なのだ。四人は大変華やかな御一日をお過ごしになり、「また一年後に会う」という同じ約束をして違う道を歩み続けるのでございました。

 さて、それから一年が過ぎ、かすみちゃんは、なんと就職に困っているようでした。最初に勤めた幼稚園の残業時間が労働時間に反映されないという酷い扱いを受け、怒りの余りで辞めてから、再就職に時間がかかっているのです。しかし、就職先を頑張って見つけようと必死になっている中、この約束の日がやって来たのです。いつも通り神社で待っていると、いかにも黒髪の真面目そうな男性が話しかけてきました。かすみちゃんが非常に驚いた顔をしていると、「ワタシワタシ」と満面の笑みを浮かべていらっしゃる男性を見て、かすみちゃんはたろうくんであることがわかりました。どうやら、たろうくんはラグビーの大先輩の御推薦から良きお誘いもあり、すでに内々定先でお仕事をされていらっしゃるようでございました。次に三十分程経って、営業車から疲れ切った表情のいちろうくんが現れました。いちろうくんは、相変わらず日焼けで真っ黒でしたが、少しやせ細ったような気がしました。いちろうくんは「人手が足りない業界なんだ」と言っておりましたが、かすみちゃんは少し心配になりました。でも、少し三人で思い出話をするといちろうくんも元気そうな笑顔が溢れて、かすみちゃんも笑顔が戻りました。それから、一時間程経って、フランス製のブランドバッグをお抱えになり、御服をお召しになったナターシャ様がお越しになられました。「研究職をやめて、企業を立ち上げたの」と仰られておりました。りなは――今、どうしているのだ。誰にもわからぬ。四人は大変華やかな御一日をお過ごしになり、「また一年後に会う」という同じ約束をして違う道を歩み続けるのでございました。

 さて、それから一年が過ぎ、かすみちゃんは、無事良き職場にご就職されたのでした。まさか、銀行の窓口職員になるなんて思いもいたしませんでしたが、かすみちゃんの整った顔立ちや心優しそうな性格はその職に向いているといっても過言ではないでしょう。そんな順風な日々を送っている中、この約束の日がやって来たので、その日の定時に神社に到着したのでございました。しかし、今回は先客がおりました。いちろうくんでした。いちろうくんは、かすみちゃんの顔をじっと見て言いました。「ずっと思っていたんだけど」と切り出しました。

「かすみちゃんは好きな人とかおらんの?」

「おらんよ?どして?」

「いや、聞きたかっただけさ。なんでもないさ」

 かすみちゃんは少し慌てているようないちろうくんを見て、疑問に思うのでございました。しばらくして、トレンチコートを着たたろうくんが慌てて走ってお越しになられました。どうやら、集合時間ギリギリだったことを気になさっていたようでございました。そして、一息つくと、たろうくんは妙な噂を二人に話始めるのでございました。

「ナターシャ、詐欺をしているらしい」

「え?ありえないでしょ?」

「これが確からしいんだ」

 そのような内緒話をしている間に、一台の黒塗りのリムジンが止まる。コツコツとヒールの音がする。ナターシャである。「あら、ごきげんよう」と言うと、三人は筋肉の硬直したような笑みをお浮かべになってぎこちなくなっているので、「いつもより早いね」とかすみちゃんが仰る。ナターシャは「いつも遅れてばかりですもの」と言ってすぐに、「さあ、いつものお店にいきましょう」と言う。四人はそんな不自然な中、御一日をお過ごしになり、「また一年後に会う」という同じ約束をして違う道を歩み続けるのでございました……が、各々がお家にお戻りになると、三人はナターシャの連絡先を完全にブロックし、約束の地元の神社と異なる地元の駅で会うことに決めました。

 さて、それから一年が過ぎ、かすみさんはご結婚されたのでございました。同じ職場のエース格と言われる総合職の素敵な男性との子ども、つまり、第一子を授かり、これ以上ない大変素晴らしい日々を送っておりました。そのため、たろうくんに「ごめん、今日は体調が悪くていけないの。また来年に会いたい」とメールいたしました。ただ、かすみさんは、いちろうくんには結婚の旨を知らせていなかったようで、かすみさんの近況をたろうくんから聞かされると、大変落ち込んだようでこの日はいちろうくんが酒にお潰れになりました。

 さて、それから一年が過ぎ――ナターシャがアメリカで逮捕されました。これは海外のニュースで大きく取り扱われ、高配当を謳って投資をするという名目で富裕層からお金を貢がせ、それを私利私欲のために使用していたと報道されておりました。また、無事大学を卒業したたろうくんは海外を飛び回っているようで、「今回は忙しすぎていけない」とかすみさんといちろうくんの両名にメールがございました。かすみさんは専業主婦をしつつも、子育てで疲れているし、今回はいいかなとお思いになり、特にメールもせずに行きませんでした。いちろうくんは、たろうくんからは連絡を貰っておりましたが、かすみさんからは特に連絡を貰っていなかったので、当然来るだろうと思い、駅で待っておりました。しかし、無念でございますが、いくら待ってもかすみさんは来ませんでした。いちろうくんは、寒さで疲弊した身体を駅のベンチに委ねました。一生懸命に頑張ったこの真っ黒な身体と今降り出した雪で、この日、見事に人生に黒白をつけました。

「ああ、俺の人生って儚いものだなあ」

 そう呟いたいちろうくんに、傘が差し出されました。

「……いちろうくん、風邪をひきますよ」

 いちろうくんが傘を差し出した方向を見ると、隣のクラスの……いや同じクラスだったかな?

 ――うーん、彼女は誰だったかなあ。

<完>

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