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第二王子の近衛






 模擬戦から三日後、わたしは正式にミレリオン王国の騎士に任命された。


 そうしてアシュリー殿下の近衞になった。


 きちんと任命式も行なってもらい、アシュリー殿下から新しく剣を授かり、わたしはこの国に属することが決定した。今後は『レンテリア王国の公爵令嬢』ではなく『アシュリー殿下の近衞騎士』と呼ばれるようになり、人々からもそう認識されるだろう。


 それから一週間、わたしは恙無つつがなく近衞騎士の仕事をしていた。


 朝起きて、いつも通り自分の鍛錬を行い、身支度を整えたら騎士寮の食堂で朝食を摂る。


 護衛任務のない日は訓練をして過ごす。


 今日のように護衛任務がある日は、アシュリー殿下の住まう離宮に向かう。


 それほど離れていない離宮に向かい、離宮の執事からアシュリー殿下の本日の予定を聞き、交代時間の少し前に殿下の私室の前で前任者と会う。引き継ぎを済ませた後、今度はわたしが部屋の扉を守る形で立つ。


 ややあって、もう一人の騎士バネッサ・アルウェンがやって来て、同様に引き継ぎを行い、扉の脇に立つ。


 バネッサ・アルウェンは銀髪の女性騎士で、シェーンベルク殿との模擬戦の際に審判をしてくれていたし、近衛騎士の仕事を教えてくれる先輩騎士でもあった。ちなみにわたしの二つ歳上だそうだが、わたしと同じくらいの年頃に見える。




「おはよう、スカーレット」


「おはようございます、バネッサ」




 色々と教えてもらっていることもあり、近衞騎士の中で一番親しいのはバネッサだろう。


 模擬戦以降、シェーンベルク殿とも話したり訓練をする機会があり、彼ともそれなりに親しくなれたし、あの模擬戦を見ていた者達からも声をかけられることが多い。


 まだこの国に来たばかりだが、居心地の良さを感じていた。


 朝食を終え、身支度を整えたアシュリー殿下が私室から出てくる。




「おはよう。今日はバネッサとスカーレットね」


「おはようございます、殿下」


「おはようございます」


「ふふ、両手に花でいい一日になりそうだわ」




 とアシュリー殿下が微笑んだ。


 その後、馬車に乗って王城に移動し、アシュリー殿下の執務室に向かう。


 アシュリー殿下が公務を行なっている間、わたし達は執務室の壁際に控えている。


 殿下の一日は多忙だ。


 午前中は手紙の確認をして返事を書き、公務で割り振られている書類仕事を行う。


 その間も、官僚やら騎士隊長やら、色々な人達が来て話をしていく。


 アシュリー殿下は他国との外交や自国の国力増強に力を入れているようだ。


 話の雰囲気からして王太子殿下の方針に従い、動いているらしい。


 ……そういえば、ミレリオン王国で王位継承権争いがあったという話は聞かない。


 王太子とアシュリー殿下の様子からして兄弟間で争った感じも見られないので、そういった問題は元より出なかったのかもしれない。


 だが、レンテリア王国で王太子妃教育を受けた際にミレリオン王国についても学んだが、確か、王太子殿下とアシュリー殿下は異母兄弟のはずだ。王太子殿下は側妃の子で、アシュリー殿下は王妃の子。継承権で言うならアシュリー殿下のほうが正統性はあるが……。


 側妃の子である第一王子が王太子になったということは、何かしら理由があるのだろう。


 兄弟間で軋轢がないことからも、互いが納得した上での判断だと分かる。


 ……兄弟で王位継承権を争うと悲惨な結果になる。


 それはどの国の歴史でも繰り返されている。


 過去にはその結果、内乱が酷くなり、滅んだ国もあった。


 そうして午前中を執務室で過ごした後、アシュリー殿下は部屋で軽食を摂る。


 その間、わたし達も手早く食事を摂り、午後は騎士達の訓練場に向かう。


 これはその時々で変わるが、一般騎士の訓練を見に行くこともあれば、近衞騎士のところに行くこともあり、アシュリー殿下の気分次第だった。


 今日は一般騎士の訓練に向かうようだ。


 殿下は腰から剣を下げており、どこか楽しそうに王城内を歩いている。


 仕えるようになって気付いたが、アシュリー殿下は体を動かすことが好きらしい。


 公務で座りっぱなしというのもあるだろうけれど、騎士達の訓練を見に行くと、決まってアシュリー殿下は騎士達と剣を交わす。そして殿下が負けたところは今まで見たことがない。


 ……やはり、アシュリー殿下は強い。


 いつか、殿下と剣を交わしてみたいものだ。


 訓練場に着くと騎士達がこちらに気付き、整列する。




「ミレリオン王国第二の星、アシュリー・ヴィエ=ミレリオン殿下にご挨拶申し上げます!」




 全員が声を揃えて「ご挨拶申し上げます!」と復唱する。


 それにアシュリー殿下が微笑んで頷いた。




「ええ、皆もご苦労様。いつも通り、アタシも過ごさせてもらうわね」


「はい!」




 そして騎士達が訓練に戻って行く。


 アシュリー殿下はしばらく訓練の様子を見てから、何人かに声をかけ、訓練を行う。


 剣を交わし、騎士の癖や気を付けるべき点を相手に伝えている。


 その様子をわたし達は見守るというのが常であった。


 騎士達と剣を交わし、話すアシュリー殿下は楽しげだ。




「ねえ、スカーレット。一つ訊いてもいい?」




 横にいるバネッサが声をかけてきた。




「何でしょうか?」


「どうしてアシュリー殿下の婚約者にならなかったの? 近衞騎士になるより、第二王子の婚約者になったほうがずっと立場的にも上だし、良かったんじゃないかって思うのだけれど……」




 バネッサもレンテリア王国に来ていたのもあり、その辺りの話は知っている。


 貴族の令嬢として選ぶなら、アシュリー殿下の婚約者になったほうが確かにいい。


 レンテリア王国の王太子に婚約破棄されたものの、より大きな国であるミレリオン王国の第二王子に見初められた──……そうなればわたしの経歴への傷は浅くて済む。




「盛大に婚約破棄された身ですので、すぐに次の婚約に飛びつくには勇気が要るんですよ」




 アシュリー殿下の婚約者が嫌だというわけではないが、あのように婚約破棄された後では次の婚約には慎重にならざるを得ない。わたしはこう見えて臆病なのだ。




「それに、近衞騎士となればアシュリー殿下の人となりを近くで見れますから」


「殿下は素晴らしい方よ」


「ええ。まだ共に過ごした時間は短いですが、アシュリー殿下のお人柄は分かっています」




 そもそも、あの夜会の場で守ろうとしてくれたのは殿下だけだった。


 ……誰も……両親ですら、声を上げようとしなかったのに。


 バネッサがムッと唇を突き出して不満そうな顔をする。




「じゃあ殿下の何が不満なの?」




 歳上だけれど、そういう仕草をすると歳下かと思うほどバネッサは幼く見えた。


 バネッサは騎士爵家の長女だそうで、騎士としての立ち居振る舞いは身についているようだけれど、貴族令嬢の教育は受けていないらしい。令嬢はそんなあからさまな顔はしないから。




「不満なんてありません。……問題があるとすれば、それはわたしのほうですね」




 わたしはまだ恐れている。


 誰かと婚約することで、また破棄されるのではないか。


 そしてわたしは死んでしまうのではないか。


 剣の腕を鍛えるのは身を守るためで、ミレリオン王国に来たのもレンテリアに残るのは危険だと判断したからで、わたしはまだ『死の道』から抜け出せていないのではないかという漠然とした不安があった。


 この不安がどうしたら消えるのかは自分でも分からない。


 暗闇の中、手探りで歩いているようなものだ。


 一歩踏み出したら崖下に落ちるかもしれないという恐怖を抱えて歩くのは、つらい。


 そして、誰にもその状況を伝えられず、助けを求めることも出来ず、頼りとなるものもなく進まなければいけない。その道すら正しいのかも分からないが、それでも進む以外に道はない。




「スカーレット?」




 名前を呼ばれて我に返る。


 いつの間にか、すぐ近くにアシュリー殿下がいた。




「あまり顔色が良くないわね。少し休んだほうがいいわ」




 伸ばされた手を思わず避けてしまった。




「いえ、大丈夫です。日差しの加減でそう見えただけでしょう」


「そう? 無理してない?」




 今は誰とも触れ合いたくなかった。


 わたしは弱いから、心を許すときっと崩れてしまう。




「はい、お気遣い感謝します」






* * * * *






「それで、あなた達から見てスカーレットはどうかしら?」




 スカーレットが交代で寮に戻った後、アシュリーは自身が信頼を置く二人の騎士を呼び出した。


 一人はバネッサ・アルウェン。一人はリシアン・シェーンベルク。


 この二人はスカーレットが近衞騎士に任命されてから、彼女の近くにいる。


 表向きは『この国にまだ不慣れなスカーレットの教育係』と言って二人に彼女を頼んでいるものの、本当は『良からぬことを考える者をスカーレットに近づけないため』に密かに守らせていた。


 他国の公爵令嬢で、剣の腕で王族に認められて近衞騎士となったスカーレットは、自国の王太子から婚約破棄をされたという瑕疵があるものの、それ以外の『欠点』のない令嬢である。


 爵位、血筋、容姿、能力、全てが優れている。


 スカーレットを妻に迎えれば、レンテリア王国の貴族とも多くの繋がりを持てるかもしれない。


 そこまでしなくても、縁を繋げば近衛という立場から、王族に近づけるかもしれない。


 スカーレットは自身を低く評価しているところがあるようだけれど、それは間違いだ。


 バネッサが口を開いた。




「スカーレットは誰とでもそれなりに良い関係を気付いていますが、その実、誰も心の内に入れないようにしているふうに感じられました。人と距離を置いているように見受けられます」




 それにアシュリーは同意の頷きを返した。




「そうね」


「ただ、殿下に対して不満はないそうです。『問題は自分にある』と言っていました。『盛大に婚約破棄をされたので、次の婚約には慎重になってしまう』とも」


「それは当然のことだわ。あんな目に遭わされて、普通の令嬢なら心を病んでいるもの」




 もしかしたら、スカーレットも気丈に振る舞っているだけで傷付いているのかもしれない。


 それについては心配だが、本人がそれを隠しているとしたら傷口に塩を塗るようなことはしたくなかった。スカーレットの傷は癒してあげたいが、触れるにはあまりに繊細な傷だ。




「私だったら相手を殴ってますね」




 ……バネッサなら、やりかねないわね。


 男兄弟に囲まれて育ってきたというバネッサは口より先に手が出るタチだ。


 公衆の面前で婚約破棄などされるようなことがあれば、尊厳を傷付けられた分だけ殴り返すだろう。


 そう思うと、あの夜会の場で冷静に、堂々と佇んで王太子と話していたスカーレットはとても我慢強く、己の感情を隠すことに長けていると考えられる。




「見た目は華やかなのに、不用意に触れたら手が切れてしまいそうな鋭利さと、どこか危うい雰囲気もあってレヴァイン殿は男女共に人気が出ていますよ。少し物憂げな表情をしているレヴァイン殿を見て、落ちた者が何人いることやら」


「それはアタシも見たことがあるから責められないわね」




 考え事をしている時のスカーレットは物憂げで、気の強そうな華やかな顔立ちの美人だからこそ、ふとした瞬間に気弱そうな部分が垣間見えるとドキッとしてしまう。


 そういう時は大抵、レンテリアでのことを思い返しているようだが。




「この間なんて城のメイド達から手紙を受け取っていましたよ。『返事は書けませんが、きちんと読ませていただきます』って微笑んで、メイド達はキャアキャア言っていましたね」




 その光景が簡単に想像出来た。


 スカーレットは女性に対しては柔らかい対応を、男性に対しては男性的な対応をする。


 レンテリア王国でも女性から人気があったようなので慣れているのだろう。




「ちょっと嫉妬しちゃうわね」




 スカーレットはアシュリーに対して、主君と騎士、そして恩人への尊敬という態度を崩さない。


 他の者にするより丁寧な対応をしてくれるし、アシュリーの質問には大体答えてくれるが、やはり内心を見せるようなことはなかった。




「……踏み込んでいいのかしら」




 あんな、触れたら爆ぜて消えてしまいそうな、危うい様子のスカーレットの内心が知りたい。


 どうしてそんなに他者を寄せつけようとしないのか。


 どうして、つらそうなのに誰にも頼ろうとしないのか。


 まるで自身の持つ剣しか頼るものがないとでもいうかのような、そんな背中をしている。




「これは僕個人の勝手な意見ですが、あの手の人間は多少無理をしてでも踏み込まないと、そのうちフワッと消えてしまいますよ。溜め込みすぎて、ある日突然……みたいな。まあ、本人が言うように臆病と言うのは事実でしょうね」




 リシアンの言葉に考える。


 きっと、誰もが漠然としたそれを感じているのだ。


 そこにいるはずなのに、掴もうとすると逃げてしまう。


 スカーレット・レヴァインの不安定さをアシュリーも感じていた。




「……どうするか、少し考えてみるわ」




 スカーレットを婚約者にしたいと言ったのは嘘ではない。


 今でも、本人が了承してくれるのであれば、婚約したいと思っている。


 しかし近寄ってほしくないと思っている相手に、無理に近づくのは良くないだろうと控えていたけれど、このままではいつまでも変わらないかもしれない。


 ……ぶつかるなら、誠意を見せないとダメね。


 そして、スカーレットを苦しみから助けたい。


 不器用そうな彼女を見て、そう思うのだ。





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