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謁見 / 恩人との再会






 ミレリオン王国の宮殿で、わたしはアシュリー殿下に促されて客室の一つに通された。


 まだ騎士に任命されていないわたしは、レンテリア王国の公爵令嬢という立場であり、アシュリー殿下の客人として扱われるらしい。


 このミレリオン王国の国王陛下に挨拶をする前に、一度湯浴みをして汚れを落とし、服も着替える。


 わたしについた使用人は、男装しているわたしを見ても驚かずに世話をしてくれた。


 そういったところにもレンテリア王国との差異を感じた。


 いつもの男装に、後頭部の高い位置で髪をまとめた姿で部屋を出れば、使用人の案内で応接室に移動した。


 そこにはアシュリー殿下がいた。同じくアシュリー殿下も汚れを落としてきたようで、違う服に着替えており、わたしを見て立ち上がった。




「それでは、行きましょうか」


「はい。お待たせしてしまい、申し訳ありません」


「こういう時は謝罪より感謝の言葉のほうが嬉しいわ」




 パチリと片目を瞑ってみせたアシュリー殿下は、どこか悪戯っ子のようで、思わず笑みが浮かぶ。




「待っていただきありがとうございます、アシュリー殿下」


「ええ、どういたしまして」




 そして、アシュリー殿下と騎士達と共に応接室を後にする。


 宮殿の中を進み、他とは明らかに違う扉の前に到着した。扉は騎士達が左右に立って守っている。


 ……ここが謁見の間か。


 宮殿の内部構造を把握しきれてはいないが、建物の二階に位置していることは分かった。


 アシュリー殿下がわたしを見た。




「皆の前であなたをこの国に招いた経緯を話すことになってしまうけれど、大丈夫かしら? もしつらいようなら、説明中は下がっていてもいいのよ?」




 それにわたしは首を横に振った。




「ご心配には及びません。あの日、何があったのか全てお伝えください。わたしのこれまでの人生に恥じることはありません」




 そう答えれば、アシュリー殿下が微笑み、顔を前へ向ける。


 扉の両側に立っていた騎士達が動き、扉を開ける。





「王国の第二の星、アシュリー・ヴィエ=ミレリオン殿下がご帰還なさいました!」





 騎士のよく通る声が謁見の間に響き渡る。


 二階と三階を吹き抜けにした、天井の高い謁見の間には、大勢の貴族が並んで立っている。


 その最奥に数段高くなった場所があり、そこに玉座が置かれていた。


 王と王妃が腰掛けている椅子、それから他に二つ椅子があり、片方には男性が座る、もう片方が空いているのは、そこがアシュリー殿下の席だからだろう。


 歩き出すアシュリー殿下について謁見の間に入ると視線が突き刺さった。


 だが、この程度の視線にはもう慣れた。背筋を伸ばして前を見据え、堂々と歩く。


 アシュリー殿下と騎士達と共に玉座の前まで進み、片膝をついて頭を下げる。




「アシュリー・ヴィエ=ミレリオン、レンテリア王国より帰還いたしました」




 アシュリー殿下の声に、男性の声が返事をした。




「うむ、使節団の任、ご苦労であった。レンテリア王国との友好を深めるという目的は達成出来たか?」


「はい、問題なく。我が国とレンテリア王国の交友関係は今後も支障はないでしょう」


「そうか。……ところで、その者は?」




 その言葉にアシュリー殿下が答える。




「レンテリア王国レヴァイン公爵家の長女、スカーレット・レヴァイン公爵令嬢でございます」


「ふむ。……面を上げよ」




 国王陛下の許しに、ゆっくりと顔を上げる。


 一度だけ国王陛下と目を合わせ、そして視線を伏せた。


 アシュリー殿下がレンテリア王国の王太子が夜会で起こした騒ぎと、何故わたしがここにいるのかについて説明を行う。


 謁見の間がざわついた。


 王太子が公衆の面前で婚約者に婚約破棄を言い渡したこともそうだが、その婚約破棄された令嬢をアシュリー殿下が近衛騎士にするべく引き抜いたこと、しかも婚約者に望んだことも話したので、それも驚く理由だろう。


 話を聞き終えた国王陛下が問う。




「それほどにレヴァイン公爵令嬢の剣の腕は高いと?」


「はい、彼女の腕は近衛に相応しいものですわ。確認が必要でしたら、彼女と近衛で手合わせをすればよろしいでしょう。アタシの近衛に据えるつもりですのよ。……そして、堂々とした姿にアタシは惚れてしまいました」




 わたしは婚約の話は受け入れていないものの、アシュリー殿下の近衛騎士になる件は了承していること、レンテリア王国の騎士の地位を返上したことなどが説明される。


 わたしにとっては好条件すぎる話だ。


 国王陛下に声をかけられる。




「レヴァイン公爵令嬢よ、直答を許す。……アシュリーの話は事実なのか?」


「はい、全て事実でございます」


「アシュリーの近衛騎士になれば、故郷を捨て、我が国に属するということと同義である」




 わたしは顔をまっすぐに上げた。




「理解しております」




 国を捨てることはつらくない。


 家を出ることも、ミレリオン王国に属することも、全て納得した上で頷いた。


 ……一つ心残りがあるとすればリックスくらいだが。


 それについては父である公爵が上手くやるだろう。




「わたしは婚約破棄をされました。令嬢にとっての婚約破棄は『死』に等しいものです。ましてや王太子殿下によって公衆の面前で宣言され、わたしの令嬢としての価値は、もはや道端の石にも劣るでしょう」




 一度目の人生で両親はわたしに『自害しろ』と言った。


 婚約破棄された令嬢の辿る道は悲惨である。


 どこかの貴族の後妻になれれば良いほうで、修道院送りか、死か。


 王太子の反感を恐れてわたしを娶ろうと思う者はいなかっただろうし、修道院に行っても貧しい暮らしに耐えられない者も多い。


 死ぬことが一番マシだったのかもしれない。


 そうだとしても、両親から『死ね』と言われた時、どれほど悲しく、つらく、苦しかったか……。




「王太子は更に、わたしに国外追放を命じました。そのような中で、第二王子殿下はわたしに声をかけてくださいました」




 わたしとレヴァイン公爵家の面子は保たれた。


 頭を下げ、国王陛下に嘆願するしかないが。




「どうか、恩人である第二王子殿下にお仕えする栄誉を賜りたく」




 あの婚約破棄の騒動の中、声を上げてくれたアシュリー殿下の優しさと気遣いに報いたい。


 アシュリー殿下を守る剣として仕えたい。




「婚約者としてではなくて良いのか?」




 国王陛下の問いにアシュリー殿下が言う。




「陛下、それは保留にしてもらっておりますの。急かしたせいで断られたら困りますわ」


「そうか」




 少しだけ、国王陛下の声に笑いが交じる。


 けれども、すぐにその声が言った。




「事の次第は分かった。だが、近衛とする件については、アシュリーの近衛から最も強い者を選出し、手合わせを行い、能力が認められたならば任命を許そう」




 近衛騎士になりたければ実力を示せ、と。




「機会を与えていただき、ありがとうございます」




 頭を下げて頷きつつ、口元に笑みが浮かぶ。


 わたしとしてもそのほうがいい。


 ミレリオン王国の近衛騎士の腕がどれほどなのか興味があるし、強い者との手合わせは勉強になるし、アシュリー殿下の意向で近衛になった無能と言われずに済む。




「国王陛下と第二王子殿下のご温情に恥じぬ結果を、必ずや御覧にいれてみせましょう」






* * * * *






 挨拶を済ませた後、アシュリー殿下が部屋までわたしを送ってくれた。




「少し話せるかしら? 今後のこともそうだけれど……あなたに話しておきたいこともあるの」




 特に予定もなかったので、わたしは部屋にアシュリー殿下とその護衛である近衛騎士達を招き入れた。


 それに、わたしも訊きたいことがあり、恐らくその答えを聞ける。そんな予感があった。


 互いにソファーに向かい合って座ると部屋付きのメイドがお茶の用意をする。




「先ほど陛下がおっしゃっていた通り、アタシの近衛から強い者を選出してあなたと模擬戦をしてもらうことになるでしょうね。……どうかしら? 彼に勝てる自信はある?」




 チラリとアシュリー殿下が背後にいる騎士に視線を移した。


 護衛の近衞騎士は二人いる。


 一人は銀髪に金の瞳の女性で、背はわたしよりやや低いくらい。年齢ももしかしたら、わたしより少し下かもしれない。細身だが服で体格が隠れているだけだろう。きっとわたしと同じく必要なだけの筋肉をつけている。


 一人はミルクティー色の髪にオレンジ色の目をした男性で、年齢はアシュリー殿下と同じくらいか。他の近衞騎士達に比べると痩せて見えるし、顔立ちも穏やかそうだけれど──……個人的な感想を述べるなら、わたしが会ったことのある近衞騎士達の中ではこの男性が一番油断出来ない人物に思えた。


 アシュリー殿下が『彼』と言うのなら、この男性が選ばれるのか。


 男性騎士は目が合うとニコリと微笑んだ。


 柔らかく、無害そうな微笑みだが、そういう人間こそ警戒すべきだ。


 男性騎士にわたしも薄く笑みを浮かべる。




「さあ、どうでしょう? まだ剣を交わしたことがありませんので」


「『勝てない』とは言わないのね」


「騎士は主君を命懸けで守り、仕えるものです。相手が己より強い相手かもしれないとしても、気後れするようではいざという時に役に立ちません。むしろ、強い者と戦いで学び、腕を磨くことが騎士にとって重要な仕事だとわたしは考えております」




 主君が危険に晒された時、たとえ騎士が命懸けで守ったとしてもその後は?


 敵を倒しても、それで他の敵がもう二度と現れないというわけではない。王族は立場上、色々な理由で狙われやすい。毎回、誰かしら騎士が死んでいては困るのだ。


 何より、目の前で騎士達が死ぬのを見た主君はどう感じるだろうか。


 主君を心身共に守りたいと思うなら、敵を倒し、自身も無事でなければというのがわたしの持論である。


 メイドがお茶の用意を済ませると部屋を出て行った。


 用意された紅茶を一口飲む。いい茶葉だ。




「ところでアシュリー殿下、わたしに話したいこととは、あの夜会でわたしを助けてくださった本当の理由についてでしょうか?」


「あら、話が早くて助かるわ。スカーレットも本当は気になっていたでしょう?」


「ええ、まあ……わたしに惚れたなんて、あの場で言うような冗談ではありませんから」




 貴族の令嬢とは淑やかで従順、可愛げがある者が好まれる。


 剣を振り回して男装するようなわたしはそれとは全く正反対だ。


 しかし、何故かアシュリー殿下は苦笑した。




「アタシがスカーレットに惚れているのは本当よ? ……あなたは覚えていないかもしれないけれど、アタシ達は十年前に会ったことがあるわ。レンテリア王国の王都、花祭りの日に護衛と逸れて迷子になったアタシを助けてくれたのはあなただったから」




 アシュリー殿下の話では、十年前に使節団について初めてレンテリア王国に来た時、春に行われる王都の花祭りに密かに見に出かけたそうだ。


 しかし、人の多さと初めて間近で感じた祭りに興奮して、うっかり騎士達と逸れてしまった。


 道も分からず、人波に流されて自分が元はどこにいたのかも分からず途方に暮れた。


 人気のない路地に押し出されたアシュリー殿下は、服をローブで隠していても身なりや所作から貴族の子息と思われたのか、荒くれ者達に囲まれた。


 身包みを剥ぐつもりだったのか、それとも身代金か、人身売買か。


 剣を持っていたものの、当時十五歳のアシュリー殿下は十名近くを一気に相手にして勝つどころか、逃げることすらも難しい。


 もはや、これまでかと思われた時に現れたのは一人の少女と二人の男だった。


 少女が「あの子を助けてあげて」と言うと、二人の男達はあっという間に荒くれ者達を叩きのめし、アシュリー殿下を近くの警備隊の詰め所まで案内してくれた。




『あの、あなたのお名前は……っ!』




 アシュリー殿下の言葉に少女は困ったように微笑むだけで答えなかった。


 少女の身なりは下級貴族のように見えたけれど、それにしては所作が美しく、鮮やかな赤い髪が綺麗だった。




「アタシ、あれから使節団として何度もレンテリア王国を訪れて、夜会にも出来る限り参加したけれど、あなたを見つけられなかったわ。……いえ、気付かなかったのね」




 その話に、そういえばそんなことがあった、と思い出した。


 だが、その記憶は死に戻るより前のことだったため、すっかり忘れてしまっていた。


 確かに十年前、わたしは花祭りの日に人助けをしたことがある。


 わたしよりも歳上の少年が荒くれ者達に囲まれているのを見て、騎士達にお願いして助けてもらい、警備隊の詰め所まで送り届けた。


 けれども、本当はあの日、わたしは家から出てはいけなかった。


 花祭りに行くことは許されていなかったけれど、どうしても祭りに行きたくて、騎士達に無理を言って両親に黙って出かけたのだ。だから名乗れなかった。そうすれば出かけたとバレてしまうから。




「夜会や王城内で何度もあなたを見かけていたのに、どうして分からなかったのかしら」




 そう言ったアシュリー殿下に、今度はわたしが苦笑した。




「昔と比べてわたしは変わりました。まさか貴族の令嬢が、それも王太子の婚約者が剣を握り、騎士になっているだなどと普通はありえないことなので。気付かなくて当然です」




 わたしもアシュリー殿下とは夜会でたまに顔を合わせたし、形式的な挨拶もしたことがあったけれど、あの時の少年だとは気付かなかったからお互い様である。




「そうね。スカーレットはあの頃より、もっと美しく、格好良くなったものね」




 ふふふ、と微笑むアシュリー殿下にわたしは曖昧に微笑んだ。


 少年の顔立ちは覚えていないが、きっと、アシュリー殿下もあの頃よりも美しく、そして格好良く成長したのだろう。




「だからアタシのしたことに恩なんて感じなくていいわ。恩返しの恩返しなんてしていたら、いつまで経っても終わらないもの。アタシはスカーレットに恩を売りたくて助けたわけでないのよ」


「ありがとうございます。ですが、近衞騎士になりたいというのはわたし自身の望みです。ミレリオン王国で、わたしの剣の腕がどこまで通用するのか、本当にわたしはレンテリア王国で近衞騎士という立場に相応しかったのか……それを確かめたいのです」




 王太子の婚約者だから、公爵令嬢だから、誰かが気を遣っていたかもしれない。


 王妃様に身贔屓みびいきされて近衞騎士になっていた可能性もある。


 だが、わたしは自分の腕を信じたい。実力で近衞騎士になれるのだと確信が欲しい。




「あの時、声をかけてくださり、ありがとうございます」




 おかげでわたしはあの国から出られた。


 ……レンテリア王国にいたら、どうなったか分からない。




「あの状況で臆さず声を上げてくださったアシュリー殿下だからこそ、わたしは騎士としてお仕えしたいと思うのです」




 アシュリー殿下が「そう、分かったわ」と嬉しそうに微笑んだ。


 そのためにもわたしは認められなければいけない。


 少しだけ、この状況にワクワクしている。


 三度目にしてやっと、わたしはわたしの道を行ける。






 

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