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ミレリオン王国へ






 そして、アシュリー殿下や使節団、ミレリオン王国の騎士達と共にわたしは王城を出た。


 アシュリー殿下と使節団が両陛下に挨拶をする際にわたしも同席させてもらったが、両陛下から「ミレリオン王国でも息災で」と温かい言葉をかけていただいた。


 王太子はその場にいたが、最後までわたしを無視していて、あまりの子供っぽさに少し呆れてしまった。


 だが、今後は顔を合わせることもないだろう。


 その程度のことでいちいち怒る気も起きない。


 それにわたしがミレリオン王国に行き、あちらの国に所属すれば、王太子であっても手を出すことは出来ない。


 これからは自分の道を歩けると思うと楽しみだった。


 ミレリオン王国の馬車に揺られていると、アシュリー殿下に話しかけられた。




「スカーレット、急な誘いで連れ出してしまってごめんなさいね」




 その表情からして本当に心配してくれているらしい。




「問題ありません。家は弟が継ぎますし、王太子殿下達についてもさほど興味はありません。それよりも、ミレリオン王国での暮らしが楽しみです」


「アタシの婚約者の話も、少しでいいから頭の隅に置いてくれると嬉しいわ」


「……努力します」




 わたしの返事にアシュリー殿下がおかしそうに笑った。


 結婚したくないというわけではないが、婚約破棄された身であるし、今まではとにかく死なないための努力に時間を費やしてきた。


 レンテリア王国から出られるという安堵と、新たな人生への期待と不安で結婚など考えられない。


 しばらくは騎士として過ごしたかった。


 アシュリー殿下はそれ以外、わたしの返事を急かすことはなかった。


 馬車は王都を出て、ミレリオン王国へ向かう。


 ……そういえば王都を出たのは初めてだ。


 車窓を眺めながら感慨深く思う。


 三度も人生を繰り返しているのに、わたしは王都から出たことがなかった。


 ……わたしの世界は狭かったのか。


 あんなに広いと思って過ごしていた王都も、こうして出てしまえば呆気ないもので、外に広がる草原や森、青い空の広さに溜め息が漏れる。


 もし一度目の人生で婚約破棄されずに王太子妃となっていたら、わたしはこの空の広さを知らないままだったのだろうか。


 その後、今日泊まる予定の村まで馬車は順調に進んだ。


 馬車の中にはアシュリー様とわたしがいて、窓が開けられており、外には騎士達が馬に乗って馬車と並走している。


 車内にはわたし達しかいないものの、外から見えているから二人きりというわけではない。


 そしてアシュリー様はミレリオン王国について話してくれた。


 ミレリオン王国はレンテリアの北に位置する国で、大きさはレンテリア王国の倍以上ある。周辺国の中では最も領土の広い国だ。


 その広さ故に国内と言っても場所によってかなり気候が違う。


 だからこそ様々な特産品があり、内陸のレンテリアと異なり海にも面しているため、海産物もよく食べられているそうだ。


 レンテリアを挟んだ反対側にあるレーヴェニヒ帝国の次、大陸でも二番目に大きく、ミレリオン王国とレーヴェニヒ帝国は過去に何度も戦争を繰り返していたが、現在は周辺国が間に入ったことで停戦協定を結んでいる。


 和平ではないのは長い戦争の歴史故か。


 周辺国の顔を立ててというのは表向きで、実際は互いに国を豊かにすることに力を注ぎたいのだろう。


 今は戦争で領土を広げる時代ではなくなっていた。


 いつか、また戦乱の時代が訪れる可能性はあるものの、現在ではないことだけは確かだった。


 その辺りの話はともかく、ミレリオン王国という大国の近衛騎士になれるのはとても名誉なことだ。


 そんな話をしているうちに目的地の村に着き、宿の部屋を取った。


 わたしの部屋はアシュリー殿下の隣だった。


 荷物を部屋に置いて出ると、アシュリー殿下も丁度、部屋から出て来るところであった。




「食事は下の食堂で食べるそうよ。一緒にいかが?」


「是非」




 そういうわけで、階下で食事を摂ることになった。


 アシュリー殿下のそばには常に二人の騎士が控えており、食事は騎士も同席させて良いか問われたので、わたしは頷いた。


 恐らく、騎士は毒見も兼ねているのだろう。


 宿の一階は広く、丸テーブルがいくつも置かれており、既に食事をしている騎士達もいた。


 席に着こうとしたらアシュリー殿下がわたしのために椅子を引いてくれて、でも、わたしはそれに驚いてしまった。


 王太子とお茶会をすることはあったが、椅子を引いてもらった記憶は一度もない。


 騎士として過ごす間も椅子は自分で引くのが当たり前だったので、使用人でもない者にそうされることに強い違和感を覚えた。




「……ありがとうございます」




 席に着き、わたしの左側にアシュリー殿下が、他の空いている二つの席に騎士達が座り、四人がけのテーブルを埋める。




「アシュリー殿下、その、わたしのことはあまり女性扱いしないでいただけたらと思います。わたしはこのような格好もしておりますし、今後は近衛騎士としてお仕えする立場ですので……」




 言いながら、正面にいる騎士達の表情が僅かに変わったことに気付く。


 不満、不機嫌、嫌悪感とまではいかないまでも、わたしに対して良い感情は持っていないらしい。


 ……当然か。


 いきなり他国の者を、それも令嬢を近衛騎士に入れるとなれば、そこまで実力と努力で上がって来た他の者達の反感を買っても仕方がない。




「スカーレット、それは出来ない……いえ、アタシがそうしたくないの。騎士にと誘ったけれど、本当は婚約者にしたいと望んでいるのがアタシの本音だから。……女性として扱われるのはお嫌い?」


「いえ、嫌ではありませんが……少し慣れません」




 ニコリとアシュリー殿下が微笑んだ。




「他の誰があなたを男性のように扱ったとしても、アタシはあなたを女性扱いするわよ? だって、アタシから見ればあなたは美しい女性だもの」


「化粧もしなければ、手もマメだらけですが」


「人の美しさの基準はそれだけではないわ」




 やや行儀悪く、アシュリー殿下がテーブルに頬杖をつき、わたしのほうを見る。




「アタシは、堂々とした姿やまっすぐに相手を見定めようとするあなたのその姿勢の美しさに惚れたのよ? それに、アタシのことも全く気にしていないところも魅力的ね」




 楽しそうにニコニコと笑顔を浮かべているアシュリー殿下には申し訳ないけれど、内心で『物好きだな』と思った。




「男勝りな女がいるように、女性的な男性がいても不思議はありませんので」


「ふふ、それならアタシ達、反対者同士お似合いではなくて?」


「どうでしょう。アシュリー殿下は『女性的な部分』をお持ちですが、だからと言って『男性の部分』をお捨てになっているわけではないようですから」




 アシュリー殿下は細身で背が高く見えるが、そば近くで見ていれば、実際は痩せているわけではないと分かる。


 長身に見合った長い手足に、服で隠れてはいるが恐らくかなり筋肉質で、細身に見えるのは引き締まっているからだろう。女性特有のしなやかさをその体で表現出来ることがすごい。


 何より、アシュリー殿下には隙が少ない。


 女性的な口調や仕草に気を取られてしまいそうになるが、多分、わたしよりも剣の腕が立つ。


 それに気付いた時、剣を交わしてみたいと思った。


 わたしの言葉の意味に気付いたのか、アシュリー殿下が楽しそうに笑みを深める。




「やっぱり、アタシはあなたが好きだわ」




 それにわたしは何も言えなかった。


 だが、アシュリー殿下も返事は特に気にしていなかったようで、宿の人に声をかけると食事を用意してもらった。


 黒パンに、肉が少しと野菜たっぷりのミルクスープ、そして果物。


 騎士の道を目指した時、王城の食堂で初めて食事を摂った時は、今まで口にしてきたものと違いすぎて驚いたものだ。


 ……でも、黒パンは初めてだ。


 話に聞いたことはあったので、思い出しつつ、ミルクスープに黒パンを浸す。


 長期保存のためによく焼かれており、材料も質も貴族の食べるパンとは違う。黒パンはスープがある場合は、それに浸したほうが食べやすい……らしい。


 柔らかくなった部分をスプーンで掬い、食べる。


 ……なるほど。


 香ばしいというより焦げ臭く、独特な酸味と強い麦の香りが口の中に広がった。


 ミルクスープのおかげでまだ食べれるが、そのまま食べるのは厳しいかもしれない。


 けれども、騎士は体が一番大事だ。


 食事は健康な体を保つのに必要不可欠である。


 明日以降の旅の予定についてアシュリー殿下と騎士達が話しているのを聞きつつ、食事を摂った。


 その後、明日も早いからと部屋に戻った。


 湯浴みをしたい気分だと思っていたら、宿の女性が来て、桶と湯、水、そして布を持って来てくれた。




「先ほど、金髪の方から頼まれたんですよ」




 と、教えてくれた。


 どうやらアシュリー殿下の計らいらしい。


 湯で濡らした布で体を拭く程度だが、それでも気分はさっぱりするし、汚れも落とせる。


 ……朝、顔を合わせた時にお礼を言わないと。


 おかげで夜は気持ち良く眠ることが出来た。






* * * * *







 翌朝、日が昇る前に身支度を整えて、剣を片手に宿の裏手に向かった。


 十二歳で剣を教わり始めて以降、毎日欠かさず続けている朝の鍛錬を行うためだ。


 宿の裏手には馬車や馬も停めてあったが、それでも鍛錬を行える広さは十分ある。


 まずは体を軽く動かして手足の筋肉を解し、その後、宿の周囲をグルグルと走る。公爵邸よりもずっと小さい建物なので、その分、いつもと同じ距離を走るには何周もかかった。


 走り込んでいる間に朝日が出て、走り込みを終えたら、今度は素振りをする。


 わたしは女だ。男性に比べて筋肉がつきにくい。


 もちろん、筋肉が多ければいいというわけではないが、剣を振り続けるだけの筋肉と体力がなければ剣の才能があったとしても無駄だ。


 日々の努力があってこそ、才能は活かされる。


 素振りを終える頃には辺りは完全に明るくなり、宿の人だけでなく、村人や騎士達も活動を始めている。


 剣を鞘に戻し、振り向けば、いつの間にかアシュリー殿下が薪割り用の切り株に腰掛けていた。


 少し離れた場所に騎士達がいるのは、わたしの気が散らないように配慮してくれたのだろう。




「おはようございます、アシュリー殿下」


「おはよう、スカーレット」




 立ち上がったアシュリー殿下が布を差し出した。


 それに、汗まみれだと気付いて受け取った。




「ありがとうございます」


「部屋の前に水を運ばせておいたけれど、お湯のほうが良かったかしら?」


「いえ……昨夜に続き、重ね重ね、お気遣いいただき感謝いたします」




 終わったら自分で井戸の水でも汲もうと思っていたので、ありがたいやら、申し訳ないやらで少し落ち着かない。


 布で顔や首元などの汗を拭いつつ、視線を動かせば、何故か宿の陰からこちらの様子を窺っていたのだろう多くの騎士達と目が合った。


 ……何をしているのだろうか?


 アシュリー殿下が振り向くと騎士達はサッと建物の向こうに引っ込んで消えた。




「もうすぐ朝食の時間だそうよ」


「分かりました。汗を落としてからまいります」


「ええ、先に食堂に行っているわね」




 朝食も共に摂るつもりらしく、アシュリー殿下はそう言うと護衛の騎士二人を連れて宿の中へ戻って行った。


 わたしもその後を追うように宿の部屋に戻れば、扉の横に水の入った桶が置かれていた。


 部屋にそれを運んで布を濡らし、汗まみれの体を拭いて着替える。桶と布を持って外に出ると、宿の子に声をかけられた。




「お姉さん、そろそろ朝食の時間ですよ! 水はわたしが捨てるので、食堂に行ってくださいね!」


「ああ、ありがとう」




 宿の子が桶と布を回収してくれる。


 十歳前後くらいの女の子で、わたしが礼を言うと嬉しそうにニコッと笑った。


 それにわたしも釣られて微笑んだ。


 女の子はぺこりと頭を下げてから、桶を手に歩いて行く。


 その背中を見送ってわたしは食堂へ行った。


 朝食は昨夜と同じ内容だった。


 朝食後、予定通りわたし達はその村を出てミレリオン王国に向かったが、道中は穏やかなものであった。


 宿に泊まったり、野宿をしたりしたが、アシュリー殿下は非常に目端の利く人物だと感じた。


 周囲の人々の動きをよく見て、理解して、騎士への配慮やわたしに対する気遣いも怠らないし、横柄な態度を取ることが一度もない。


 女性的な言葉遣いや仕草は、むしろアシュリー殿下に柔らかな印象を与え、警戒心を抱きにくい。


 結局、ミレリオン王国に着くまで、わたしはアシュリー殿下と自国の王太子との違いに驚いてばかりだった。


 そして、ミレリオン王国の王都に到着する。


 レンテリア王国よりも広い王都はどこも賑やかで、美しく、道を行く人々の表情は皆、明るい。人々も小綺麗で、装いに気を回せるくらいには生活に余裕があるのだと察せられた。


 街を抜け、敷地に入り、到着したのは宮殿だった。


 城とは異なり平たいが、三階建てで、視界に入りきらないほど、広い宮殿である。柔らかな黄色がかった壁に、赤い屋根、馬車が停まっている正面玄関を囲うような形で建てられていた。


 城のような堅牢さはないが、華やかだ。


 王都が広い理由は、王宮の敷地が広いからなのかもしれない。


 馬車から降りて宮殿を眺めていると、アシュリー殿下に手招きをされる。




「スカーレット、こっちよ。陛下と王太子殿下にご挨拶に行くわ。あなたのことも話したいから、一緒に来てもらえるかしら?」


「はい」




 そうして、わたしは宮殿に足を踏み入れた。






 

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