9.孤立 ③
容子が起きるまでベンチの隣でしばらく待っていたが、起きる気配もなく熟睡している。
とっくに日は沈み、風も出てきた。
通りすがる人の自分達へのチラ見の視線もかなり浴びている。
このまま放置できないのと、疲れきって気絶するように寝入った彼女を無理矢理起こすのは忍びなかったために、タクシーを呼んで修司の部屋まで運ぶことにした。
タクシーから抱き上げて降りようとした時、容子の柔らかい頬と唇が自分の首に当たりビクッとなってしまい、その拍子に開いたドアの上部に頭をぶつけてしまった。
運転手から生暖かい視線を向けられてしまい修司は苦笑した。
見た目から想像していたよりも、抱き上げてみると彼女の身体は軽く、そして暖かくて柔らかかった。
その柔らかさに子どもが好むぬいぐるみような、抱っこしているだけで癒されるような感覚を覚えていた。
まるで極上の眠りに誘う抱き枕のようで、なんとも手放しがたかった。
これではいけないとハッとして、手早く布団に寝かせると、容子はすぐさま横向きに寝返った。
容子の髪がばらけて、今まで髪で隠れて見えずにいた形のよい耳と、白いうなじにある黒子が露になった。
これ以上不躾な劣情を抱かないように、シャワーを浴びて気持ちを切り替えた。
彼女はまだ眠り続けているが、この調子では朝まで目覚めない可能性もありそうだ。
冷蔵庫から缶ビールを取り出して喉を潤した。
隣の部屋で寝ている容子は時々うなされているようだった。はっきりとは聞き取れないものもあったが、その中でも「もう来ないで」と叫んでいて、いかに彼女が精神的に追い込まれているかを窺わせた。
それが腹立たしく、あの正気ではない男への憎悪が増した。
あんな死にそうな顔をして駅に立つ彼女を放っておくことはできそうにない。
彼女による、まさかの半殺し発言、「あなたなんて半殺しよ」という発言を思い出して再び笑いが込み上げて来た。
「フッ」
おっとりとした彼女が決死のファイティングポーズを取っても、まったく怖そうではない。
そんな姿を想像するとどうにも笑いが抑えられなかった。
そしてできるならば、自分がこの手で彼女を守ってあげたいと思わずにはいられなかった。
自分の夕食と、彼女が目覚めたら何か口に出きるものを買いに家を出た。
明日から三連休だったので、連休中につまめるものも物色しておきたい。
転勤か······、こんなことになるなら断れば良かったと、今更ながら後悔した。