6.面影 ④
声がした方へ、彼女とその男は振り向いた。
「遅くなって悪かった。晩飯はどうする?」
佐和の面影を見せていた女性は一瞬たじろいだが、こちらの行動の意図を理解したのか、修司の差し出した腕を取ろうと近寄ってきた。
「何? 誰、この人?!」
つきまとっていた男は鳩が豆鉄砲を食らったような顔になっている。
「俺の嫁だけど、何か?」
そんなのは絶対に嘘だとばかり声を裏返らせて男は叫んだ。
「容子ちゃん、コイツと結婚してるの?!」
それには返事をせずに、容子ちゃんと呼ばれた女性は修司の腕を申し訳なさげにそっと掴んで、そのまま振りきろうとした。
修司は自分の腕を恐る恐る申し訳なさげにそっと掴んで来た彼女への庇護欲が一層刺激されたように感じた。
「容子ちゃん!」
神経質そうなカン高い声色で自分の名を呼ばれると、彼女は、もうその声は聞きたくないかのように眉をひそめた。
「勝手に人の嫁の名前を呼ぶなよ」
修司も男の方を振り返ることなく言い放った。
「嫁って?!」
男は唖然として立ち止まったので、その隙に二人で足早に立ち去った。
バス停のある方へ歩を進めると、ようやく彼女は口を開いた。
「すっ、すみません、助けていただいて本当にありがとうございました」
「あれって、もしかして元彼とか?」
「いっ、いいえ、全然違います!」
まさかという表情で彼女は力強く否定した。
「あの人は子供の頃の知り合いで、最近になって、なぜか頻繁につきまとわれてしまって」
「ストーカーなら、警察に相談した方が良いのでは?」
「······そうなんですが、あの人、私の勤めている会社に婚約者がいるんです」
「は?! 婚約者がいるのにつきまといって······!」
修司は婚約者のいる奴が何をしているのかと驚くと同時に激しく呆れていた。
「婚約者さんのことを思うとなかなか警察沙汰にできなくて。もうすぐ結婚する筈なので、それまで我慢すればって思っているんですが······」
「そうは言っても、あれは結構酷くないかな?」
「それは······」
ここまで話すと、またあの表情を彼女が浮かべ出してしまった。
今度は間近でまじまじと見る羽目になり、押し黙るしかなくなった。
なんとか視線を反らすと、向こうからバスがやって来ていた。
「あっ、あのバスでも帰れるのでここで大丈夫です。本当にありがとうございました」
彼女に深々とお辞儀をされてしまった。
「ああ、別にいいよ」
バスの中に彼女が乗り込んで発車するのを見届けた。
バスの窓越しからこちらに何度も頭を下げている彼女の姿に恐縮しつつ、その必死さに思わず笑みがこぼれてしまった。
そこまでしなくてもいいのにと。
自分が迷惑をかけられているのに、ストーカーの婚約者にまで配慮するとか、どこまで人の好い人なんだろうか。
今日はじめて話しをしたが、彼女に好感を抱くには充分だった。




