5.面影 ③
出張先からの直帰で最寄りの駅で降りると、今日もまたあの女性がいた。
二十代半ばぐらいのその女性は、色白で穏和そうな美人だ。セミロングの黒髪はどこか古風な感じがする。
女性の好みは人それぞれではあるけれど、男からみれば、好みのタイプかどうかに関係なく、まあ綺麗な娘だよねと彼女に対しては大抵はなるだろう。
自分としても好みのタイプではあるのだが、それだけでなく、顔立ち自体はそれ程似てはいないのだが、ふとうつむいた彼女が見せる表情に否応なしに目が離せなくなるのだ。
なぜなら、それがあの佐和の面影を彷彿させるからだ。
黒目がちの瞳に長い睫毛が伏せられると、ハッとしてしまう。
あまりじろじろ見るわけにもいかず、人と待ち合わせをしている風を装い、足を止めてチラチラと目で追ってしまう。
時々彼女と目が合ってしまい、バツの悪さに目を反らす。
この駅で彼女を見かける度にそんなことを繰り返すようになって早2週間、長い間封印していた筈の面影に、懐かしさよりも、当時の苦しみがぶり返してしまう。
忘れたくても忘れられない苦い記憶に、不覚にも心が乱されている。
単純に恋わずらいや恋の痛手ならまだマシかもしれないが、これは恋ですらないのが恨めしかった。
もうすぐ三十路だというのに、人の記憶とはままならないものだと苦笑しつつ、その場を去ろうとした時、彼女に馴れ馴れしく近寄る男が視界に入り、踵を戻した。
確か先日もあの男に言い寄られていたような気がするが···。
彼女ぐらいの美人ならば彼氏がいてもおかしくないし、恋愛のもつれでちょっと揉めているのかしれないという程度にしか思っていなかった。
だが遠巻きに見ている限り、あの男は恋人ではどうやらなさそうだった。
男に腕を捕まれそうになって、彼女は顔を歪めながら後ずさった。
しきりに何か話しかけている男に対して、彼女は無言のまま何も応えていないようだった。
どちらかというと迷惑そうな表情をしている彼女はますます佐和のように見えてしまう。
「もうやめて下さい!」
修司は、彼女のその言葉を聞くと弾かれたように、そのできればもう見たくもない面影の元に向かって歩き出した。
二人の傍へ行くと、修司は彼女に助け舟を出すために声をかけた。
「ごめん、待った?」