4.面影 ②
修司はそれまで、家族に「佐和さん」と呼ばれていた女性を自分の母だとばかり思っていた。
佐和の葬儀の際に、そうではなかったことをはじめて知って激しく動揺した。
自分の生母はずでに亡くなっていて、その後すぐに住み込みの家政婦としてやって来た年若い佐和を、まだ2歳だった修司は自分の母と思い込んで育ったのだった。
家族の誰も母さんとは呼ばずに、佐和さんと呼んでいたために、修司もそれにならい佐和と呼んでいた。
友人達はみな母親をお母さんとかママとか呼んでいたが、うちは佐和と呼んでいるんだと、そこに何も疑問を抱かずに来た。
まさか、佐和が自分の母さんではないなどとは思いもしなかった。
修司にとって生母の記憶はまったくなく、母と聞けば佐和を思い起こすのは、成長した今も変わらない。
母の面影は佐和という女性でしかありえなかった。
佐和は病死ではなく、事故死だったのだが、幼い当時の自分には佐和の身に起きたことを充分理解できてはいなかった。
朝起きると、常にいる筈の佐和の姿はなく、理由も告げずに突然家を出て行ったままひと月ほど行方不明になっていた。
天涯孤独だったのか、佐和の遺骨を引き取ったのは父だった。
まるで母に突然見捨てられたように感じて不安定だったところに、佐和が遺体で戻ったことに激しい衝撃を受けた。
しかも、佐和は自分の母ですらなかったのだ。
じゃあ、僕の母さんはどこにいるの?
まったくわけがわからない。
受け入れ難い状況に気持ちが追いついて行かずに、修司は言葉を失った。
佐和はもうどこにもいない。
聞きたいこと、話したいことはいくらでもあったのに。
なぜ、あの時突然家を出て行ってしまったのか?
それは今でもわからない。
自分にとって母という温もりも面影も、佐和でしかなかったのに。
何度理由を考えても、何年が過ぎようと、知りたい答えは見つからなかった。
そして月日が過ぎ行くとともに、その記憶と面影はもう全て封印しようと修司は思った。
写真や彼女に関するものは箱に詰めて納戸の奥に、二度と開けないつもりでしまいこんだ。
ただそのかわり、かつて佐和と過ごした思い出の場所、静養に訪れた部屋に似た物件を父にねだって無理矢理手に入れた。
中古物件ではあったが、静養先の建物の外観や造りがよく似ていて、庭の植え込みなども似せてそれらしく整えた。
その小さな別邸で、小学校にあがるまで祖母と過ごした。そうやって修司は心を癒しバランスを取り戻していったのだった。