36.結 ⑤
修司の引っ越しが明日に迫った。
まだ事件の後処理があって、容子は修司と一緒に行くことはできなかった。
それでも当面はストーカーの心配がなくなったので、お互い安心して旅立ち、見送ることができる。
逃げるように去る必要もなくなり、焦らずに嫁ぐ仕度ができるのはやはり嬉しい。
容子が修司の借家に持参した調理用の道具や器も梱包した荷物に入っている。
「こんな時まで浴衣なんですね」
引っ越しの時ぐらいは、動きやすいスウェットやデニムなどに着替えて作業をするのかと思っていたので、それがおかしくて容子は微笑った。
ここ2日ばかり急に冷え込んで来たので、浴衣の下には長袖長丈のアンダーウェアを着こんでいる。
(そ、そこまでして浴衣をなぜ着るの?)
子どもの頃の容子の父もそうだったので、その姿は見覚えがあると言えばあるのだけれど···。
自分の夫になる人までこの姿をするとは夢にも思わなかった。
容子は、浴衣に丹前姿の父がみつわ荘の母屋で藤の椅子に腰かけて煙草を燻らせていた、幼い日の記憶が一瞬蘇った。
客室と同じように窓辺に藤製の机と椅子が置かれていた居室で、読書したり窓の外を眺めながらくつろぐ姿だ。
転勤が多かった父はほぼ家におらず、週末しかいないとか半月に一度ぐらいしか帰って来ないのが、子どもの頃から宮森家の日常だった。
容子が大人になってから数年は勤務地が実家のある場所で落ち着いていたけれど、家を改築しはじめた途端にまた転勤なのだ。
結婚してマイホームを持ったら、転勤になったという人もいたりする。
わざとか?!ぐらいの。
マイホームに暮らす暇もないサラリーマンは多い。
修司までそうなって欲しくないというのが容子の密かな願いではある。
「これが一番落ち着くんだよ」
「前々から聞こうと思ってましたけど、なぜ部屋着が浴衣なんですか?」
「みつわ荘に泊まった親父がさ、家でも着ていれば旅館に行った気分になるだろっていうね。剣道と合気道をやっていたし、それほど違和感なかったんだよ。まあ、その頃からずっと今も着ているのは俺だけなんだけど」
(流石、年季が違うわ)
「容子はやっぱりこれだよな」と、八神家からもらった浴衣を容子の服の上から羽織らせて修司はニッと笑った。
「もう!」
からかわれて赤面しつつ怒る容子を見て、修司は満足した。
(これは一生いじれるな)
もうすぐ30歳の修司はそれでもまだ若いけれど、これが40代、50代になるにつれて、渋味が増す修司の浴衣姿や丹前姿を目にできるのは眼福かもしれないと容子は一人悦に入っていた。
(その頃には私も割烹着を着ようかな······)
「何、ニマニマしてんの?」
「な、なんでもありません!」
スーツ姿も悪くなくて好きだけれど、それよりも丹前姿の方が断然容子好みであることはまだ修司には秘密なのだった。
容子はようやく改築が終わったばかりの実家に家族と少しだけ暮らし、容子を迎えに来た修司の元へ旅立った。




