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31.悪意 ④

容子は目覚めると身動きが取れなかった。


隣の布団に寝ていた筈の修司にバックハグをされているような体勢になっていて、しかも足まで絡められているために寝返りをうつことすらできない。


(いつの間に?!)


これはハグというよりは、どちらかと言えば緩めのヘッドロックに近い。

絞め技をかけられているようなものだ。


修司はまだ容子の背後で寝息を立てている。



廊下を走って来る音が近づいてくると、勢い良く襖が開いて、純が顔を覗かせた。


「ようこ、何してんの」

「······プロレスごっこです」

「純、あんたまで鼻血が出ると困るから閉めなさい」

姿は見えないが凛子の笑い声が聞こえた。



遅めの朝食を終える頃、修司の携帯へ警察から連絡が入った。ストーカーの件で話を聞きたいので来て欲しいという。


ストーカーの妻は2日前から失踪中で家族から捜索願が出ていること、ストーカー夫は自宅で階段から転落して重傷のため入院中だという。


容子が退職した日に待ち構えていたあの男は、酔っぱらい扱いで交番に放置してきた。

彼はあれから職務質問を受けて、酔った勢いからなのか、自分の容子へのストーカー行為を自白したらしい。


その日に警察から新居に連絡が入り、妻にも夫の所業がバレてしまった。夫婦で口論になり、妻は夫を階段から突き落として失踪したという。


驚愕の内容だったが、ついに妻の知るところとなってしまったことに、容子は心が傷んだ。


どんな気持ちだったのかと、想像を絶する。


呪いのカードを送りつけたのが彼女だとしても、容子には彼女を到底憎めない。


黒ずくめの人物が彼女だったとしたら、恐ろしいよりも悲しい。


そこまで追い詰められてしまったことが、不憫でしかない。


例え私への悪意が理不尽なものだとしても。



もしも自分がもっと早く警察にストーカー被害を相談していたら、彼女の不幸な結婚も、お局様達にダシとして利用される被害にも遭わずに済んだのだろうか?


だとしたら、私も判断ミスによって罪を犯したのでは?


彼女の人生を狂わせる一端を担ってしまったのではないか。


容子には、彼女を責めることは到底できない。


彼女こそ、お局様達や不実なストーカー夫の被害者だからだ。



今はとにかく早く見つかって欲しい。


早まって自死などせずにどうか無事でいてと願うしかない。



警察から報告を受けて自宅に帰宅する間、容子はずっと黙ったままだ。


心配した修司は、海岸沿いの道路の途中で車を停めた。


「容子、何を考えている?」

容子は酷く憔悴していた。


「私が警察にもっと早く相談していたら、彼女はこんなことにならかったんじゃないかって······」

「それなら俺も同じだよ。容子が警察に相談しなくても、俺が知った時点で即座に通報するべきだった」

「私と関わって、修司さんが負わなくてもいい罪悪感を抱かせてしまって、本当にすみません。やっぱり、私······」


(彼女の人生を狂わせておいて、自分ばかり幸せになっていいの?)


「······だから俺とは結婚できない?」

「ごめんなさい···」

容子は嗚咽を漏らした。


「容子、まともな人間なら、自分がいくらその相手を好きでも、他の女を追いまわしてる相手と結婚はまずしないよ。仮に式の直前にそれを知ったとしても、不本意だろうが結婚は土壇場で断念するか、不安要素が消えるまで延期するものだ。それをしなかったのは本人のせいでしかない。意地やプライドで見きり発車みたいな結婚をしたのは本人だ。

それに、いくら憎いからと言って、すぐ呪ったり殺そうなんてしないのがまともな人間だろ?

俺から見たら、容子はまともじゃない奴らの一番の被害者だよ」

「でも······」

「責任があるとしたら、彼ら自身が本来の道を踏み間違えたことが最も大きいんじゃないのか? その彼らの責任まで容子が気に病む必要はないよ」


修司は間髪を入れずに続けた。


「俺だってそんなにいい奴じゃないよ。あいつにつきまとわれていたのが容子だから助けたけど、容子じゃなければ助けてすらいなかったかもしれない。俺はその程度の人間だよ。容子と関わったのは俺自身の責任でしかないし、容子の責任ではまったくないからな」


しばらくして泣くのが収まると、容子は少しかすれた声で言った。


「···修司さんのトラウマは治りますよ、だからもう苦しまないで下さい」

「どういうこと?」

「佐和さんはあなたを捨てたわけではきっとないです。何か事情ができて大切な八神家に迷惑にならないようにしただけなのではないでしょうか。

······私は佐和さんを知りませんし、会ったこともないですが、そう思います」


修司は返答する言葉も見つけられずに、佐和の面影を持つ女性をただ見つめていた。

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