30.悪意 ③
八神家では寝巻きはやはり浴衣のようで、容子も浴衣を用意されていた。
修司はいつものスタイルにとっくになっていた。
「修司さん、ごめんなさい」
布団の上で正座すると容子は頭を下げた。
「なんで君が謝るの」
「トラウマは言いにくいなら、無理に言わなくてもいいですよ、私は知らなくても平気ですから。でも、もし私に何か関係していることがあるなら、それは教えてくれませんか」
容子は凛子の「似ている」という先程の言葉も気になっていた。
「私は誰かに似ているんですか?」
「俺の母代わりだった人。俺が5歳の時に亡くなったんだ」
「そんなに······似ていますか?」
「普段はそれほど思わないけど、ちょっと伏し目がちになった時とかはね」
修司は佐和のこと、佐和の死の直後に失語症になった時期があったことなどを容子に語った。
「君が死ぬかもしれない事態になって、佐和の死をどうしてもだぶらせてしまったんだよ。それでフリーズしてしまうのだから不甲斐ない······」
「それでさっき修司さんの方が死にそうな顔をしていたんですね」
「ああ」
修司は苦笑した。
「俺のトラウマは多分、大切な人を突然失う恐怖と関連していると思う。昔よりはそれでもマシになっているけどね」
「······私は佐和さんに似ていて良かったです。でなければ修司さんとは出会えなかったかもしれないから。もし似ていなかったら、私は通りすがりのその他大勢と同じですよね」
「みつわ荘では会っているのに?」
「あれは···通りすがり以下ですよ」
「以下って···」
容子の少し独特で真っ直ぐな表現は面白い。
「通りすがりの関取?」
「そう、ごっつぁんですよ」
「ごっ······」
修司は容子の返しに笑った。
容子が向けてくれる反応や言葉には、深刻なものも重くなりすぎなくする、どこか人の心をほぐすような温かみがあった。
「鼻にティッシュを詰めた姿を人に見られるのって、死ぬほど恥ずかしいですね。こんな大人になってから鼻血を出すとは思わなくて」
「俺も子どもの頃にしかないな」
鼻にティッシュを詰めた姿を警察の人にも見られてしまい恥ずかしさの極致だった。
「スリップ姿を人に見られるのと同じかそれ以上の恥ずかしさですね」
「······あのさ、あのシチュエーションで羽織るのって、大抵は毛布じゃなくてシーツだよね」
「えっ? あっ!」
容子は今頃気がついた。
「毛布の方が容子らしいけどね」
ストーカーを帰らせようとして毛布を羽織って出て来たあの時は修司も一瞬「ん?」と思ったが、至極大真面目、真剣なのに間違える容子がどうしょうもなく愛しい。
とにかく大怪我じゃなくて良かったと容子を抱き寄せた。
「今日は疲れただろ、もう寝よう」
「修司さんもお疲れ様でした」
修司は明かりを消した。
「引っ越しの準備は進んでますか?」
「男一人だからそれほど荷物もないけど、全然やる気が出ない」
「手伝いに行きますよ」
「······できればもう一緒に暮らしたいぐらいなんだけどな」
冗談半分で言ってみた言葉に、そうですねと容子が答えたので「いいの?」と修司が容子の方を向いた。
「私も······一緒にいたいです」
この件が解決するまで容子は足止めを食らい、仙台には行けないからだ。
まだ何も目処がたっていないため、しばらくは離れ離れになってしまう筈だ。
いつから自分は修司の傍をこんなに離れがたくなっていたのかと、容子は自分で驚いていた。
「じゃあ、そっちの布団に行ってもいい?」
「えっ?!」
「それとも、容子がこっちに来る?」
「ええっ?!」
焦りまくる容子の様子を修司は明らかに楽しんでいる。
「どっちもまた鼻血が出そうなのでやめておきます」
「はははっ、冗談だよ、おやすみ」




