3.面影 ①
歳の離れた兄と姉からも相当可愛がられてはいたが、末っ子の修司は母をほぼ独り占めしていた。
母にベッタリなのを兄達にからかわれながらも、体調を崩した母と未就学だった修司も静養先に何度かついてきていた。
「修司ばっかりずるい」
不満を漏らす姉に、いいでしょと得意気な笑みを修司が返す。
母の静養先についていけることが、当時の修司には格別のご褒美のように思えていたのだった。
その母を亡くしたのは修司が五歳の時。
家族達は、母の亡骸を目にした際も、葬儀の席ですら修司が泣く姿を一切見たことがなかった。
その代わり、母を亡くしたショックなのか、失語症を半年ほど患った。
ようやく気持ちが回復し、言葉を取り戻した修司が開口一番口にしたことが、家族を更に驚かせた。
「あの家が欲しい」
「えっ?!」
「父さん、あの家を僕にちょうだい」
修司がねだったのは、母の静養のために滞在した家だった。
「あれは売り物ではない。人様が商売している家を買い取るなんてできんよ」
「修司、馬鹿なことは言うな」
「修ったら、無理に決まっているじゃない!」
それでも修司は聞かなかった。
自宅から出ずに引きこもってしまった修司
をなんとかしようと、家族達が苦心して代わりになりそうな物件を探した。
父の親戚のいる遠方にその家を見つけた。
「ここならどうだ?」
「······いいよ」
ようやく頷いた修司に、家族一同は胸を撫で下ろした。
はじめは反対していた兄達も別荘代わりになると喜んだ。
「ダメ! あの家は僕のだ」
「はいはい、わかりましたよ」
修司があの家で落ち着いたら、夏休みにでも遊びに行こうと、兄と姉は引き下がった。
叔母が手伝いに来てくれるとはいえ、家のことや身の回りのことを自分達でやらなくてはならなくなり、今はまだ遊びに行くどころではなかった。
しかも、父が指導をしていた武道を複数習わされていたので、その稽古にと兄妹は忙しかった。
「いいなあ、末っ子は楽で」
「だよな」
「私も末っ子が良かったな」
「まあな」
兄は十歳、姉は八歳離れた弟を羨んだ。
「でも、修はお母さんのことを覚えていないんだよね」
「そうだな」
それはそれで嫌かもしれないと兄妹は思った。