23.誤算 ④
朝から、自分でも嫌になるほど断続的に溜め息ばかりをついてしまっている。
今日が休日だったのはせめてもの救いだ。
引っ越しの荷造りも、さほど捗らない。
修司は情けない程のダメージだと自嘲した。
容子がはじめの頃よりは自分にかなり打ち解けてきてくれていたから、これなら一緒に来てくれる筈だと感じていたのは見込み違いだったのか。
(まだまだ自分は甘いな)
容子と知り合うことがなければどのみち一人で仙台に行く筈だったのだから、元々の予定通りに戻ったに過ぎないのだが、なぜか虚しくて仕方がなかった。
姉から呼び出しがあり、午後から実家へ行くことになった。
親父の一周忌以来の実家だ。
まさか親父がこんなに早く逝くとは思いもよらなかった。
兄夫妻は長年海外勤務で、実質姉が八神家を継いだようなものだ。
修司が仙台に転勤になったことを知ると、たまには顔を見せなさいという御達しだ。
「純は?」
「弘道さんと出掛けてる」
純は修司の甥で、弘道は姉の夫のことだ。
「義兄さん、こっちに戻ってこれるんだ」
「そう、やっとね」
姉が純を身籠っていた時に転勤を命じられ、今まで単身赴任をしていた義兄が、来月戻ってくるらしい。
「純が喜ぶな」
修司とは入れ違いだ。
「彼女はできたの?」
それは今聞いてくれるなと思ったが、「フラれた」と返答した。
「転勤族に恋は難しいんだよ」
「あんたがマザコンなだけでしょ」
佐和を母とするならば、それは図星だろう。
「まあね」
「なあに、やけに素直じゃないの」
「フラれたてホヤホヤだからな」
「ぶっ! 何それ、まあ飲んで忘れろ弟よ」
姉は冷えた缶ビールを手渡してきて、自分の分もついでに開けると「お相手はどこの娘さん?」と話をふってきた。
「みつわ荘の娘さん」
姉は一瞬フリーズした。
「は?! どうやって知り合ったの?」
酒が入り、姉の聞きたがり癖が炸裂することは予測できたが、傷心していた修司はこの際全部吐いてしまえと、出会った経緯を明かした。
「彼女が産まれたのは大林病院、歯医者は天乃歯科、檀家の寺は妙経寺」
「なにそれ、うちと同じじゃないの」
「しかも、家族でよく行っていた店がマルタと冠峰楼」
それ以外の容子と八神家の多すぎる、極めてローカルな共通点を挙げていくと、うんうんうんと激しく頷いて
「それはもう、うちの娘でしょ!!」
姉の大袈裟な反応に修司は吹いた。
酒がまわると姉は手に負えない。
父が武道指導員だったため、子供の頃から有無を言わせずに叩き込まれて来た三兄弟なのだが、この姉は師範代だから、まともにやり合うと身が持たないのだ。
「で、そのお嬢さんは美人なの?」
「ちょい佐和似のね」
「なんだとぉ! その娘以外あんたの嫁はいないでしょ! 連れてらっしゃい、私の方が会いたいわ」
「はっ? だから、フラれたって言ってるだろ、姉さん聞いてる?」
結局押しきられて、今度連れて来ることを約束させられてしまった。
「みつわ荘さんのお嬢さんの話をしたら、姉がどうしても会いたいってきかなくて。悪いんだけど、一度でいいから姉に会ってやってくれないかな」
修司はばつが悪そうに頼んだ。
「わかりました。みつわ荘のお客様と会えるのは私も楽しみです」
容子の快諾を得られて修司は胸を撫で下ろした。




