17.重なる記憶 ②
「生家って、じゃあ君はみつわ荘さんのお嬢さんということ?」
「はい。どうしてみつわ荘を知っているんですか?」
「子供の頃に何度か泊まったことがあったからね」
「本当ですか!? うちのお客さんだった方にはじめて会いました」
そうか、この器はみつわ荘で見たやつだったのか、だから見覚えがあったのか。
俺の実家では見かけた記憶はないからなと、修司はようやく納得がいったようだった。
容子がたまたま自宅から持参した器達が、修司の古い記憶を思い出させる呼び水になったことは確かなようだ。
「······これは懐し過ぎるな」
「八神さんの出身はどちらですか?」
「生まれも育ちも小由留木市」
「えっ、小由留木なんですか? 子供の頃は私もよく行きましたよ」
箱嶺の麓の小由留木は最寄りの街だった。食品以外の必需品等は容子の家族以外にも、温泉郷の人達はみな大抵そこへ買いに行ったものだ。
その後色々話していくうちに、お互いが生まれた病院、通っていた歯科医院、家族でよく食べに行った中華料理店や洋食屋、お気に入りの蒲鉾屋や書店、泳ぎに行ったプール、檀家の寺までもが全く同じだということが判明した。
これはもう、お互いを知らなかっただけで、絶対に今よりもっと昔に市内のどこかで会っている、会っていない方がむしろおかしいという見解で一致した。
子供時代の共通点で盛り上がるとは思いもよらなかった。
「良かったら、明日尾平台へ行ってみない?」
「はい、私も行くのは久しぶりです」
容子は躊躇することなく返事をした。
修司との共通点から、まるで昔からの知り合いのように思え、急に距離が縮まった気がするのは錯覚なのだろうか。
八神さんがかつてのみつわ荘のお客さんだという紹介をしたら、私の家族はどんな反応をするだろう?
きっと相当話が弾む筈だ。
母などは歓喜して、古いアルバムを引っ張り出して来るのは間違いないだろう。
八神さんを捕まえてみつわ荘に関する写真の説明をあれこれしている姿が想像できてしまう。
いつかそんな光景を見てみたいなと、容子は明日のドライブを心待にした。
「みつわ荘の娘さん」「みつわ荘のお嬢さん」という説明だけで、容子についての家族への紹介は事足りてしまうような気すらしていて、それはほぼ確信に近い。
容子がみつわ荘の娘であったことはなんという偶然、これ以上の僥倖があるだろうか。
それ程修司自身にも「みつわ荘」は特別なものだったからだ。
容子の料理はどれも修司の口に合い、お世辞抜きに旨かった。
キッチンで料理する容子はディープレッドのシンプルなエプロンがよく似合っていた。
調理のために後で髪を1つに束ねていて、うなじのあの黒子が目に入った。
何であんな絶妙なところに黒子があるのだろう······。
これではまるで赤ずきんを狙う狼のような目線でいるなと自戒するしかない。
やはり彼女を仙台にできれば連れて行きたい、どうか一緒に来て欲しいという思いが日に日に強くなっていく。
本当は家政婦の代わりなどではなくて、自分の正式な妻として······。
ストーカー避けの偽装夫婦の演技など、演技ですらなくほとんど本気でやっているのだ。
俺の嫁というのは自分の願望そのままでしかない。
あの駅で彼女をはじめて見かけた時から、他人とは思えず、気になって仕方がなかった。
時々見え隠れする佐和の面影に躊躇しながらも交際を申し込もうと思っていたのだか、転勤の辞令が下ってしまったために諦めようとしていた。
仮に交際を申し込めたとしても遠距離交際になってしまうからだ。
遠距離交際は過去に一度失敗していたから、同じ轍を踏むことは避けたかった。
以前付き合っていた女性に「仕事と私のどちらが大事なの」と詰め寄られたが、どちらも大事だけれど、あの時は東京と大阪で、物理的に彼女に会いに行く時間をどうやっても捻出するのは難しいほど忙しかったのだ。
そのうち彼女から「私、他の人と結婚するから」と突然一方的にフラれた。
今度の転勤先は忙しい部署で、今よりも忙しくなるのが目に見えている。
だが、ストーカーにつきまとわれている彼女を放置することはできなかった。
結局関わってしまい、しかも無茶な提案を突き付けて、かえって彼女を悩ませてしまっているのだ。
仙台に赴くまでに、自分は容子を得ることができるのだろうか。
でも無理強いだけはしたくない。
今ですら彼女の弱みにつけ込んでいる、弱っているところを利用しているような気がして、どうにも後ろめたい。
こんな罪悪感に近い想いを払拭できる日は来るのだろうか。
前話に引き続き、地名は全部ではありませんが一部加工しております。




