16.重なる記憶 ①
調理に最小限必要な用具一式と二人分の食器を実家から持参してきた容子の大量の荷物に、修司が目を丸くした。
「言ってくれれば、迎えに行ったのに」
「これくらいは平気ですよ」
修司の住まいは、容子が日々通勤で利用する駅が最寄りで、そこから徒歩8分程度で着く距離にあった。
コンビニも小規模のスーパーも、弁当屋も徒歩圏内にあるのだから、これは自炊しなくても確かにやって行ける立地条件だ。
三食では朝から来ないとならないし、自分も休日はだらだら寝ていたいので、作ってもらえるなら早目の夕飯だけでいいよということになった。
リクエストを何でも気安く受けられるほど容子の料理のレパートリーはまだそれ程多くなかったが、肉か魚どちらが良いか聞くと魚と言われたので、はじめての夕食は焼き魚がメインの献立になった。
持参した器に、鰆の漬け焼きを盛り付けていると、修司がキッチンを覗いてきた。
「ん? なんかこの皿、どこかで見たことあるような······」
どこでだったかなと記憶を手繰り寄せているようだった。
「この茶碗も······なんだか見覚えがあるような気がするな」
紺と茶の十草柄の中平茶碗を手に取って眺めている修司のその反応に、容子が微かに笑いながら応えた。
「せっかく古民家に住んでいるので、昭和レトロな器が合うかなと思って持って来たんです」
「古民家カフェ風?」
「昔、祖母が保養所をやっていたことがあって、その頃お客様にお出ししていた器で今も残っているものは、実家でも普段使ってます、大分古いですけど」
「へえ、じゃあこれ全部本当に昭和の器なんだね」
「そうです。あ、できましたから冷めないうちにどうぞ」
出来上がった料理を食卓に並べると、修司は「旨そう!」という声を挙げた。
炭酸水のペットボトルを空けた修司にグラスを差し出した。
帰宅する容子を送っていくのでアルコールは無しだ。
「もしかして、このグラスも?」
「徹底的にレトロにしてみました」
容子はいたずらっぽく笑って見せた。
老舗ビールメーカーのロゴデザインがほどこされた非売品だ。
「君の方が、よっぽど拘わってないか?」
「楽しんでますね、確かに」
「楽しいの? これが?」
「ええ。八神さんが着ている丹前は、父とほぼお揃いです。まるで若い頃の父と食卓を囲んでいるみたいで」
先日、容子が自分の丹前の袂を巻き込み寝ていた際に呟いた「お父さん」というのは、そう言うことかと修司は合点がいった。
「君の親父さんも浴衣に丹前が部屋着なの?」
「若い頃はそうでしたね、今は違いますけど」
一通り各皿に箸をつけると「うん、旨い」と言われたので容子はようやく緊張から解放された。
修司の口に合わなかったらどうしよう、内心そればかり気にしていたからだ。
学生時代に付き合った彼にはクッキーやパウンドケーキをドキドキしながら作ったような気がする。
その彼に「手作りが重い」と言われて、子どもの頃から祖母や母の手作りおやつを当たり前のように食べて育った容子には普通のことだと思っていた感覚が、どうやら違うみたいだと気がついた。
その時とは同じではないけれど、ほんの少し、またドキドキ感を味わっているかもしれない。
しまわれていた炊飯器とカセットコンロを使用して見たが問題はなかった。
これは引っ越しの際に持っていくものリストに入る筈だ。
旨いというのが例えお世辞だとしても、及第点はもらえたのだろうか。
自分が家政婦の仕事を請け負うなんて不安しかない。
自分自身が家事は親の世話になりきりなので、家政婦として期待されるような完璧なスキルが自分にはまだないと自覚している。
それでも、これは修司に対するせめてもの、容子が返せるお礼のつもりだった。
もっと自分の料理のレパートリーをちゃんと増やさないと。
食後の日本茶を淹れると、先程の会話で関心を惹いたのか、おばあさんの保養所はどこでやっていたの? という話になった。
「箱嶺町です」
「箱嶺のどこ?」
「尾平台温泉郷です」
「尾平台?!」
修司は酷く驚いていた。
「じゃあ、みつわ荘って知っている?」
「みつわ荘は私の生家ですが」
ストーリーの都合上、現代物ではありますが、地名は実在する場所に迷惑にならないようにぼかしたり加工しております。違和感がありましたらすみません。
もしかしたら後で変えるかも?!




