15.ある提案 ④
「そう言えば、今は食事はどうしているんですか?」
「平日はほぼ社食で、それ以外はコンビニか弁当屋の弁当か、外食やテイクアウトで済ませている」
ああそれでと、八神邸にはコンロばかりか炊飯器もない状況に納得した。
炊飯器については持ってはいるけれど、購入した時の箱に入ったままで出していないのだとか。
古民家に暮らし、部屋着は浴衣に丹前を羽織るぐらいの人だから、きっと食に対してもかなりのこだわりがあるではないかと思っていたので拍子抜けだった。
本当に付属の箱に未開封のまま納められている炊飯器を見せてもらった時には、笑ってしまった。
「カセットコンロとそれ専用のガスは一応防災用に買ってあるよ、もちろん一度も使ってないけどね」
修司は開き直ったように答えた。
これ、一体何年前のやつですかと、いじりたくなった。
「八神さんは、米は絶対に土鍋で炊かないとダメなんだよとか色々拘る人ではないかと想像してましたよ」
冗談混じりに言ってみた。
「まさか!」と否定されて、容子は少しホッとしてもいた。
失礼ながら冷蔵庫の中身を拝見すると、缶ビールとミネラルウォーターのボトルがスペースの殆どを占めていた。
温泉卵と豆腐、刻みネギのパック以外は食材は入っていなかった。
わさびにマヨネーズとケチャップに醤油とウスターソースなどの、調理に使用するのではなく出来上がった料理にかけるための調味料がいくつか入っていた。
野菜室は空っぽで、冷凍庫には冷凍枝豆と、何種類かのアイスバーしか見当たらない。
(色々見ちゃってすみません?!)
独身男性宅の冷蔵庫の中身とはこんなものなのだろうか?
単身赴任をしている容子の父の方が多少は自炊もしているし、調味料や調理道具、食器に冷蔵庫の中身ももっと充実している。
勤め先の独身寮に入っている同僚でも、米くらいは自分で炊いているし、インスタントラーメンや茹で玉子を作るための小鍋くらいはあると聞いたことがあったので、八神邸のここまで何もない状態は衝撃的だった。
「······あの、もしご迷惑じゃなければ土日に私がご飯を作りに来てもいいですか?」
「えっ?」
「家政婦自体がはじめてなので、お試し期間としてというのと、これまでのお世話になったお礼としてなんですけれど」
「本当に? それは助かる」
ここまで潔く自炊しない人を見ると、料理が特別得意ではなくても、何か作って食べさせてあげたくなるのは私だけだろうか?
「よろしく、楽しみにしているよ」
修司はどこか少年のような表情で目を細めた。




