13.ある提案 ②
男が去ったのを確認すると玄関を施錠し、長い溜め息をついた。
修司は居間に戻って来ると「まったく君は無茶をするね」と言った。
ストーカーに対する半殺し発言といい、見かけによらず想定外の行動力を彼女は発揮する。
しかも、追い込まれているのに、それには屈せずになんとか打開策を編み出そうとする冷静さと実行する度胸もある。
でも、バッテリーの電池が空になるかのように、自分の限界が来るまでやってしまう、どこか危なっかしさもあるために、見ている側としては結構ヒヤヒヤする。
それも彼女の魅力のうちと言えるのかもしれない。
修司自身がそんな容子にすっかり魅了されていた。
時々彼女が佐和に似た表情を見せるなどは、それほど気にならなくなっていた。
「あんなイカれた奴に、今までよく一人で耐えて来たね、俺は君を尊敬するよ」
それは褒め言葉なのかもしれないが、容子は微妙な笑みを返した。
自分なりの対処はしてきたけれど、結局根本的な解決には至っていないからだ。
しかも、社内では完全に居場所を無くしてしまい、自分で去るしかなくなっているこの状況を、どうしても喜ぶことはできなかった。
いくら社内に伏兵がいたからと言っても、自分の無力さを痛感していた。
「それで、今後のストーカー対策として君に提案があるのだけど、いいかな?」
「提案······ですか?」
「俺は来月転勤で仙台へ行くことになったんだけれど、良かったら君も一緒に来ないか?」
驚く容子を見ながら、修司は続けた。
「君がこの界隈で暮らすのはもう限界なんじゃないか?」
それはその通りだった。
「警察を頼らないならば尚更だよね」
本当にそうなのだ。
だから退職したら家を出て、なるべく遠くで暮らすプランを考えていた。
どこか住み込みで働くとか、弟子入りして修行するとか、ストーカーから身を隠せるなら、もういっそ、山寺に入るとか修道院などでもいいかもしれない。
あの人がどうやっても近づくことができない男子禁制の場所ならばと、そこまで考えてしまっていた。
今回のことで、人間関係にも色々と疲れてしまった。
自分のことを誰も知らない所へ行きたいと願っている自分がいた。
「君の生活圏は、いくら携帯を変えようが、すっかりあいつのテリトリーになってしまっているから、物理的にもっと距離を置いた方が良いだろうし」
あの男が結婚すれば夫妻でこの県に住むようになる。隣県にいる今ですらこうなのだから、できるだけ遠く離れた所へいかないとならない。
「······一緒にというのは、あなたと一緒に暮らすということですか?」
「一緒に暮らす家を提供するから、無理の無い範囲で家事をやってもらえると助かる。家政婦代わりみたいで悪いけれど、もしやってもらえたらありがたい」
「······」
容子がすぐには答えることはできなかったのは、まだ名前すら知らない相手だったからだ。
「同居が嫌なら通いでも構わないけど、同居している方が、ストーカー避けにはなるだろうね。むこうの生活に慣れたら、仕事を見つけて働くのもいいし、それは全部君次第だ」
赴任先の通勤圏に家族所有の物件があり、そこで当面暮らすということらしい。
「ここよりはだいぶ新しくなるよ」
返事は今すぐでなくていいから、その気になったら言ってくれと、名刺を手渡された。
八神修司、それが容子にとって願ってもないくらいの都合の良い提案をしてきた人の名前だった。




