12.ある提案 ①
「あんたが話の通じない奴だって言うのはよくわかったよ、でもな、結婚した相手の家に押し掛けるっていうのはどうなんだ?流石にもう諦めろよ」
「嘘だっ!いつ結婚したって言うんだ、そんなの聞いてない」
「あんたにわざわざ知らせるわけないだろ? 入籍は済んでいる。だから同衾しようが一緒に暮らそうが文句を言われる筋合いはどこにもない」
ストーカー男はしばらく沈黙した。
「······いつ結婚したんだよ容子ちゃん! そんなの容子ちゃんの会社も知らないんじゃないの?」
この男の癇に触るような大声は、ひたすら近所迷惑でしかない。
そんな冷静さを持ち客観視ができるなら、まずストーカーにはならないだろう。
「極秘入籍だよ。会社から個人情報があんたに筒抜けだからな」
「そんなのルール違反だ」
「あんたのやってることの方がよっぽど犯罪だけどな」
苛立ちを滲ませる修司の背後で襖の開く音がした。
「私はあなたのものではないし、死んでもあなたのものにはなりません!」
毅然とした容子の声に振り向くと、アイボリー色のスリップの上に毛布を纏った容子がこちらへ近寄って来ていた。
修司は慌てて毛布の端布を容子に巻き付けて、肌の露出をなるべく減らそうと試みた。
「私のことは全部忘れて下さい。もう二度と来ないで!」
修司は男から隠すように容子を毛布ごと抱き寄せた。
容子もつられてひしとしがみついた。
容子の体は長身の修司の腕の中にすっぽりと包まれた。
まるでそこが容子の定位置であるかのように。
丹前姿の夫にスリップ姿の妻が抱きつく様を目の前で見せたら、相当インパクトはあるのではないか?
夫婦である既成事実感を、視覚的に強く訴えるための、咄嗟に思いついた苦肉の策だった。
本当はこんなことはせずに、包丁で脅す方が羞恥心も無くてずっと精神的に楽で良かったのだけれど、生憎包丁という小道具が無くてできなかったのだ。
サテン調のスリップだから、下着が透けて見える心配もない、これならば衣装としてギリギリセーフだ。
昨日はロングスカートに合わせて長めのスリップを着ていて良かったと容子は思っていた。
修司は驚きつつも、容子の渾身のその「二人は夫婦」という演技に荷担した。
生成色の毛布に覆われた繭玉のような容子を抱き締めると、容子の髪に口づけを落としたのは、全く想定外だったために容子は激しく赤面していた。
(そっ、それはやり過ぎでは······!)
演技とはいえ、他人に自分のイチャイチャを見せつけるなんて容子にとっては本来はあり得ないことだ。
その捨て身の演技が功を奏したのか、ストーカー男は言葉にならない、人間以外の生き物のような声を発して、走り去って行った。




