10.孤立 ④
明け方近くになってもまだうなされていた容子の様子を見に行くと、昨夜寝かせた時にちゃんとかけた筈の毛布がかなりズレてしまっていた。
長い睫は固く閉じたままだが、寝顔は起きている時よりも幼く見える。
その寝顔からは佐和の面影はもう感じない。
ベンチで気絶するように眠ってしまった時よりかは、それでも顔色も良くなっている気がする。
もっとも、部屋は豆電球しかつけていない薄暗い状態、隣室の居間の明かりでみた限りなので修司にはそんな気がするに過ぎないのだったが。
これでは寒いだろうと、ずれた毛布をかけ直そうと手を伸ばすと、寒くなったのか容子は自分で毛布を無意識に手繰り寄せて引っ張った。
「!!」
その拍子に修司が羽織っていた丹前の袂まで一緒に掴まれてしまった。
不意をつかれてバランスを崩し、容子に覆い被さる格好に引き倒されてしまった。
(しまった!)
この状況でもし今彼女が目を覚ましたら、一体どうなるのか?
修司は焦りまくった。
(頼む、どうか今目覚めないでくれ!)
すんでのところで片手を畳について、なんとか体勢を立て直しつつ、彼女が掴んだ袂をじりじりと引き抜こうとした。
「···ん···お父さん?」
薄目を開けそうつぶやいたと思ったら、また眠ってしまった。
(···お、お父さん!?)
寝ぼけていたのかもしれないが、起きずにいてくれて助かった。
ようやく袂を引き抜きいて事なきをえた。
それから1時間程経つと、彼女が寝ていた部屋の襖がそろりと開き、彼女が恐る恐るこちらを覗いて来た。
「目が覚めた?」
容子はしばらく返答に困った。
目の前にいたのは確かに自分をストーカーから助けてくれた相手ではあるのだが、今の彼の出で立ちが、三本鎖柄の浴衣に金茶と濃紺の縞模様の丹前姿だったからだ。
スーツを着て駅に佇む彼の姿は、背筋がピシッとして微動だにしない、何らかの武道の心得がある人のような印象を与えていた。
職業は警察官や自衛官と言われたら納得してしまいそうな、周りの他のサラリーマンとはどこか違って見えていた。
古民家らしき部屋には、彼の姿はとてもしっくりとマッチしていて、スーツよりも和服の方が似合うのではないかと思う程だ。
その姿を目にして、ここは一体どこなのかという疑念がぬぐえなかった。
「君の家を知らなかったから送りようがなくて、勝手に俺の家に連れて来てすまない。目覚めたら送って行くつもりだったんだけどね」
低めの落ち着いた声でそう説明を受けた。
ああ、ここは温泉宿とかではなくて、彼の部屋なのだとわかり少しだけ安心した。
「あの、本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません。何から何までお世話になってしまって、なんとお礼を言って良いか」
居間の板の間に容子は正座して、床に擦り付けるように頭を下げた。
「あまりにも熟睡しているから、起こすのが忍びなくてね。もうすぐ朝だけど、腹減ってない?」
ミネラルウォーターを手渡しながら彼は言った。
切れ長の目に精悍な顔立ちをしているけれど、人に圧を与える感じではない。
破顔すれば柔和な表情も見せ、これまでのやり取りから、人当たりは悪くない人だろう。
容子に今見せている、労るような表情は恐らく演技とかではない筈だ。
手渡された水で喉を潤しながら、そういえば、昨日は昼食後から何も食べずじまいだったことを思い出した。
それに、いくら親切な相手とはいえ、人前で爆睡し、しかも男性の家で朝まで眠りこけてしまったのは、あまりに警戒心の欠如した迂闊な行為だった。
しかも、この部屋に運んで来るのに、自分のこの重い身体を彼に抱き抱えさせてしまったのかと思うと、申し訳ない以上にひたすら恥ずかしかった。
修司が「はい」とおにぎりを寄越した。
「ええと、お腹はそれ程···」と答えようとしすると、容子の腹の鳴る音が明確かつ迅速に反応した。
浴衣に丹前姿のこの家の主は、笑いを堪えながら、容子のそんな反応を楽しげに見つめていた。




