トラップ
<イエロービースト来襲>
アイシスとサンドラのドラゴンブレスでジャイアント軍隊アリの大群を一掃した真円の砂時計一行。
一息つく間もなく黄色い刺客が襲い掛かる。
遠目には分からなかったが、その刺客が突進してくるにつれて姿が明らかになる。イエロービーストだ。
イエロービーストはバッファローに似たモンスターで、全身はその名の通り黄色の体毛で覆われている。頭部に2本の角を生やしているが、必ずしも角で突いてくるとは限らず、突進の勢いそのままに体をぶつけてくる。
動きは直線的で予測しやすいのだが、パワーが凄くて耐久性も高い。闘牛のように避けながら攻撃を加えてもいいが、まず弓や魔法で機先を制してから強撃を加えるのがセオリーと言われている。
「ファイアワークス!」
ギルバードが叫び、花火状のファイアボールが飛ぶ。
「アイシス、サンドラ、じゃれてる場合じゃないぞ。次が来てる」
ファイアボールが突進してくるイエロービーストの鼻先にヒットし、サンドラたちは難を逃れる。急を要した為、詠唱は破棄した。
ファイアワークスというのはギルバードが好んで使用する炎属性の魔法で、敵目掛けて火の玉を飛ばす。ファイアボール魔法と類似しているが異なっているのは火の玉と同時に花火のような火花が散って芸術的な光を放つ。
派手な技なので陽動効果は高い。ファイアボールを使う冒険者は多数いるが、この技を使うのはギルバードくらいのもの。それ故にギルバードの代名詞的な魔法となっている。
ひとまず突進を反らせはしたが、ファイアワークス一撃ではイエロービーストを仕留めるまでには至らない。
セオリー通りクライドがガトリングガンを、ガクベルトが弓矢をそれぞれ放ってイエロービーストの出鼻を挫く。足を止めた後はマリス、アイシス、サンドラ、アーニスの前衛4人が次撃で効率よく仕留めていく。
クライド・ラインベッカはギルバード・ラインベッカの実弟で工作師。クラフトマスターの2つ名を持つ。
ガトリングガンも自作のものだが、火薬と自身の魔力を合力で弾を飛ばす仕組みになっている。ガクベルトの連弩もクライドが開発したものだが、ガクベルトは強弓、弾弓等も使う。
弾弓はそこらに転がっている石でも飛ばせるので矢の節約になる。矢じりほどの貫通力は望めないものの、魔力を込めて飛ばすのでそれなりの威力も期待できる。
前衛4人に、ギルバード、クライド、ガクベルトの後衛3人、ポーターのカロットーワーフの8人が冒険者パーティー”真円の砂時計”の現在構成だ。
イエロービーストを10頭余り撃破した後、一行は16階層の奥に歩を進める。
道中に上り坂があって一時の深さは15階層程度まで戻ったが元の道には繋がっていない。更に奥に進むと今度は下っており、遠くから「ザーー」という水音が聞こえてきた。
「上ったり下ったり、地下水脈まであって、16階層はめちゃくちゃ複雑だニャ~」
アーニスが感じたままを口にする。
地下水脈の川に沿って進むと滝になっており、その先が地底湖になっている。天井も高い。
ザーという水音に混じって、かすかに気配がする。
「誰かいるニャ~」
獣人で嗅覚を筆頭に五感の優れるアーニスが一番最初に気付いた。影になっているため明確ではないが足を引き摺っている冒険者がパーティーの方に近づいてくるように見えた。その装備と衣服には自身の血とも返り血とも判断のつかない血糊がべったりついている。
距離がだんだん縮まるにつれ姿形がはっきりしてくる。クエスト書の似顔絵にあったパーティー「ヴェール」のリーダーのフェリスだった。
そのまま近づいてくるものと思いきや途中で反転し、今度は遠ざかっていく。その間、フェリスは言葉を一言も発していない。
「なんかおかしいニャ~」
言葉を発したのはアーニスだけだが、パーティー全員がそう感じていた。というか余りに奇妙過ぎた。
フェリスの血糊の様子からモンスターに襲われたのだろうか。それならば「ヴェール」はフェリスを含め6名のパーティーのはずで、他の5人も同様だろうか?生存はしているのか?疑問は山程ある。
「フェリスだよな?アッチ(私)は龍騎族のアイシスってんだ。他の5人はどうした?」
「…………」
アイシスが問いかけてもフェリスは一瞥しても返事はなく歩みも止めない。
フェリスがどんどん奥に進んでいくので、一行はアイシスを先頭に警戒態勢を維持したままついていく。
しばらくすると狭い通路から開けた空間にたどり着くと、付近に冒険者が5人倒れていた。
そこまで行くと力尽きたようにフェリスが倒れ込む。それをみたアイシスが心配して近づく。
「アイシス、離れてっ!」
異変を察知したマリスが叫んだ次の瞬間、アイシスの胸をフェリスが帯剣で貫く。不意を突かれ、状況を理解できないままアイシスは自身の胸元に刺さった剣を見て「なに、これ…」と声を漏らしてそのまま脱力する。
崩れ落ちるアイシスを支えようとして一番近くにいたアーニスが右腕を伸ばすが、今度は岩陰からその腕を目掛けて巨大な棍棒が振り落とされる。
反動でアーニスの体は数メートル地面を転がり、失った腕部分からは大量の血が噴き出す。
潜んでいたのは独眼の巨兵、キュクロプスだ。目を見張らんばかりの巨体を収容する岩の窪みに身を隠して襲い掛かってきた。