禁呪
ギルバードと取引の合意を得たドラゴニックが禁呪の準備をはじめた。
ドラゴ「ロープロス、お前は立ち合い人として儀式を見届けよ」
ロープ「ばーんーじー心得ております」
ドラゴ「ああ、心配はしていない。今まで良く尽くしてくれた、礼を言うぞ」
ロープ「もっーたっーいーなーいお言葉です」
ドラゴ「では、禁呪を開始する。開始後は一切の中断は許されない。万一近づく者がいたら有無を言わさず排除せよ」
ロープ「しょーちーしております」
ドラゴニックは、おそらく禁呪の詠唱をしているのだろうが、ギルバードには何を言っているか全く理解できない。
ドラゴ「▽〇□◇▽〇□◇▽〇□◇」
ドラゴ「×□◇▽◆□◇▽〇×■◇」
周辺の気温が少し下がり、空気の流れが変わる。
触媒となるギルバードにまだ変化はない。
厳かに禁呪の儀式が進む中、ギルバードと魔王を遠目に見つめている者がいた。
魔王の配下ではない。だいぶ前からその者は周囲に気取られないように高度な隠形の術で気配を消して身を潜めているのはダグニエル・クラウン。
ダグニエルは真円の砂時計を魔王の居城まで案内した後は姿を隠して静かにギルバードたちの監視を続けた。
受けた令は案内だけではなく、その後の監視も含まれる。
当然の事ながら後半部分はギルバードたちには知らされていない。
ダグニエルは玉座の間を目の前にしてギルバードが落下した後もその場に留まり、マリスたちの監視を続けた。パーティーは分断されたがギルバードは必ず戻ってくると考えた。
その後、ギルバードの戻りが遅れてマリスたちが魔王に壊滅させられても隠形の術を解くことなく、監視の任務を遂行した。
ギルバードが戻った後の魔王との取引やその会話は聞こえていない。優れた隠形の術を身に付けているとはいえ、声が聞こえる距離まで近付くのは難しかった。
ダグニエルにとって、ギルバードと魔王の様子は異様だった。
仲間がやられた事を知ったギルバードは問答無用で仲間の敵討ちに挑むものだと思っていたが、茶飲み友達のように会話をしている。裏切り行為にしか見えなかった。
魔王討伐が決まってから敵わないと考えたギルバードが魔王に仲間を差し出したのか、それとももっと以前から通じていたのか、いずれかであろうと裏切り行為だと確信した。
長く部隊生活を送ってきたダグニエルにとって、任務に避けられないアクシデントやミスは付き物だが、それを補い合えるのが仲間と信じていた。だからこそ、その仲間への背信はもっとも卑劣で忌むべき行為で決して許せないものとなっていた。
ドラゴ「●〇□〇□◇×◇▽〇◆◇」
ドラゴ「□◇▽◆×□◇▽〇×■◇」
ダグニエルの感情とは関係なく禁呪の儀式は進んでいく。触媒であるギルバードだが意識ははっきりしていても身体の反応が悪く、動きが鈍い。
周りは薄暗く気温が下がり、時折り青白い閃光が迸る。
これまでダグニエルは隠形の術で気配を消し、ギルバードの様子を注視するだけに努めてきた。
与えられた監視という任務を実直に遂行してきた側面もあるが、魔王やその配下を相手に武力の弱い自分1人ではどうしようもない事が痛い程、分かっているからだ。
それが全員が怪しい儀式に集中しており事情が変わってきているのを感じている。
意を決したダグニエルは少しずつ距離を詰めていく。
手元のストレージケースの中には火炎弾が10個ほど収められていた。
ドラゴ「△××□〇□×◇▽〇◆◇」
ドラゴ「△■□◇▽△〇×▽◆×◇」
儀式は終盤に差し掛かる。
薄暗かった周辺の様子が今度は夕焼けのように金色に赤みがかかった景色に変わっていく。
(やっぱり何を言っているか分からないな)
ギルバードは一生懸命に詠唱の言語を理解しようと耳を澄ます。聞こえはするが内容は伝わってこない。
儀式を開始してからは禁呪の詠唱以外の言葉を発する事のなかったドラゴニックが口を開く。
「詠唱は終わった。後は自動的に術が発動するのを静かに待つだけ。ギルバード君、覚悟はいいかい?」
「ああ、いつでもいい」
その時、多数の火炎弾が同時に投げ込まれた。
これまで任務をなにより尊重してきた男が初めて私情を優先させて行動している。
監視という任務を逸脱してしまう事を百も承知で、裏切り者のギルバードに制裁を与えるという衝動にダグニエルは抗えなかった。
(くたばりやがれ、裏切り者!)
本当なら大声でそう罵ってやりたいところだが、ダグニエルは心の中に留める。唇くらいは動いていたかもしれない。
即座にロープロスが反応する。
「アズローケイト!」
得意としている転移魔法で火炎弾群を別の場所に飛ばす事を試みる。ギルバードたちとの戦いでデスナイトや方舟ドラゴンを呼び寄せたが今回はその逆。何とか火炎弾を転移させたものの禁呪の最中に隠形の術で虚を突かれた事で、幾つかは間に合わない。
被弾したのはロープロスでもギルバードでもなかった。ドラゴニックと禁呪が被弾した。
火炎弾はギルバードを狙って投じられたものだが、ドラゴニックが身を挺して庇ってギルバードは事なきを得る。ドラゴニック自身も被弾を被弾はしたものの流石は魔王らしくと言うべきか火炎弾程度では大きなダメージを受けない。それより禁呪の方が問題で大きくバランスが崩れてしまっている。
「にーがーすーな」
火炎弾を投げた後、ダグニエルは再度気配を消して逃亡を図る。そうはさせじとロープロスが配下に追いかけるよう命令を下す。
どれだけ身軽で高度な隠形の術が使えても、一度攻撃のために姿を見せた後に追っ手を振り切るのは容易ではない。
敵に地の利があり、多勢に無勢と悪条件が重なってダグニエルは徐々に追い込まれていく。
もはやこれまでと思われた時、奇しくもギルバードがパーティーメンバーと逸れたのと同じように足元の床が崩れ落ちた。
そしてダグニエルはそのまま消息不明となった。
逃げるダグニエルに追っ手を差し向けた後、ロープロス自身は陽動の可能性を考えてその場に留まっていた。
「もーしーわーけーございません」
「禁呪は立て直したので多分大丈夫だろう。とはいえ1度不安定になった事でどんな影響があるか分からんのも正直なところだな。どのみち術は止められん、やり直す訳にもいかんのでこのまま続ける」
術への影響が心配されたが、その後は特に問題は見受けられず、何事も無かったように終わりが近付く。
「もうすぐだ。僕は絶命し、少しだけ間を置いてギルバード君以外の真円の砂時計メンバーと一緒に亡骸が消える。それが禁呪の終了の証となる」
触媒になっているせいで身体に力が入らないギルバードだが、最後の別れをする為にマリスのそばに寄る。もう温かみは感じられない。
「守ってやれなくて、幸せにしてやれなくて……すまない。生まれ変わったら今度こそ………」
涙で歪むギルバードの視界に、ふとマリスのネックレスが視界に入る。月をあしらったチャームの付いたものだ。
「確か、先日の休養日にアイシス、サンドラと一緒に街で買ったと言っていたな」
ギルバードはマリスの首元からネックレスをそっと外した。
「次に会った時に必ず返すから、これは少しの間預かるよ」
そういって、自分の首にネックレスを掛けた。
「それまでずっと一緒だ」
それから他のメンバーの顔を順番に眺めていく。
「サンドラ、アイシス、クライド、ガクベルト、カロさんもちょっとだけ辛抱してくれ」
「ギルバード君、いよいよだ」
ギルバードがマリスから離れた。
「また15年後に会おう。ロープロス、後はよろしく頼む」
「しょーちーしております」
ドラゴニックの意識が無くなりその場で倒れ込む、しばらく後メンバーたちの身体と一緒に消失した。
ギルバードの魔力も失われていた。
こうして禁呪の儀式は終わりを迎えた。