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魔王との取引

<ギルバードが下層に落下してから約2時間後>


玉座の間の床が崩れ落ちてパーティーメンバーとはぐれたギルバードだったが、持てる力を駆使して戻って来た。

だが、玉座の間には誰1人として声を返してくる者はいない。失望の暗がりが心に拡がっていっても望みを捨てずに周辺を見回して状態把握に努める。


(MB:警告、近くに強い魔力が存在します)

(玉座の間なんだから魔王か、その手先だろ。それより皆はどうなってる)


「マリス、サンドラ、アイシス………」

3人全員が地面に倒れている。前衛は全滅している。

「クライド、ガクベルト、カロさん………」

後衛も同じだった。

(MB:6名とも生体反応が確認できません)

(回復魔法を…………。いや、もう…………)

ギルバードは魔法の中でも回復系を得意中の得意としている。だが、その中に死者蘇生の魔法は………ない)


「ようこそ、ギルバード君。待ち兼ねたよ」

「カース・ドラゴニック…………」

ギルバードはドラゴニックとは初対面だったが、その漏れ出る魔力の波動から名乗られずとも直ぐに分かった。


「そう僕はカース・ドラゴニック。魔王と呼ばれる事の方が多いよ」

魔王討伐にやってきたはずのギルバードだが、もはやどうでもいい。それよりマリスたちを救いたい、それだけを考えていた。その思いと裏腹にもう手遅れなのだと了知(りょうち)してしまっている自分が恨めしかった。

(諦めるとか足掻くとか、そういう次元じゃない……)

 

ドラゴニックが笑顔で話しかけてくる。なぜか戦う様子は見受けられない。

「本来なら君とは多くを語り合いたいところなんだが、時間がないから本題に入るとしよう」

「時間が無いとは?」

「時間が無いのは僕じゃない、ギルバード君だよ」

「………?」


ギルバードにはドラゴニックの言っている事が理解できなかった。

「君と取引がしたくてね。だから待っていた」

「取引は結構だが、俺に時間がないというのはどういう事なんだ……」

「んー、交渉材料に時間制限があるのさ。聡明なギルバード君はパーティーの仲間たちが死亡しているのは承知しているだろう。でも蘇らせたいだろう?」

「死者蘇生の魔法が使えるとでも言うのか」


「君のパーティー、真円の砂時計には婚約者と弟もいるらしいね」

「はぐらかすな!」

あまり怒る事の少ないギルバードが感情を(あらわ)にする。

「死者蘇生は無理だ。そんな魔法は僕も知らない。使えるという奴も聞いた事がない。ああ、アンデッドにする事なら可能だよ(笑)」

「ふざけてるのか!?」

ドラゴニックの人を喰った話し方に、ギルバードはもはや相手が魔王という事すら頭にない。


「落ち着けよ、ギルバード君。僕が使えるのは転生の禁呪だ」

「転生魔法?」

「そう、今この場で生き返らせるのは不可能だが、生まれ変わらせる事なら可能なのさ。勿論、記憶も引き継がれる。条件付きだがね」

「転生、生まれ変わる……」

「条件の1つは記憶だよ。生まれた時点では覚えてなくて普通の赤ん坊と変わりない。成長するにつれ、きっかけがあれば記憶を取り戻す。赤ちゃんの脳が膨大な情報量の処理に耐えられないからなのか、そこらへんの仕組みは僕にも分からない」


ギルバードの頭が混乱する。手遅れだった絶望の状況に微かな光が差し、藁でも、例え魔王にでもすがりたいと思っている自分がいる。

「それで取引とは? 俺に時間がないというのも意味不明なんだが」

「転生の禁呪には死後の経過時間に制限がある。君が戻ってくるのが遅かったから、もう残り1時間を切ってるね。転生させられなくなると君は困るだろう?だけどその場合、取引が成り立たなくなるね。そしたら君だけじゃなく僕も困るかもね」

 

「だったら取引条件を早く言え!」

「残り時間は少ないが慌てちゃダメさ。禁呪だけあって大きなリスクもあるんだ。トレードオフと言った方が分かり易いかな」

ドラゴニックが焦らすように言った。そして笑顔は絶やさない。

 

「まずギルバード君には触媒になってもらう。その結果、肉体は歳を取らなくなり、そして魔力の殆んどを失う。君は魔導士でなくなる訳だ」

「魔力を失う……」

「リスクはまだある。転生の禁呪を使った術者は絶命し、転生してしまう。この場合、術者は僕だ」

「絶命……、死ぬのか」

「そう。だけどそれは良いんだ。魔王という立場にも(いささ)か飽きていたところだし。僕は勇者候補に転生する」


「意味不明だ。なんで魔王が勇者に生まれ変わるんだ、不可解過ぎる」

「運命みたいなものなんだよ。話が長くなるからそれは置いといて。取引条件なんだが、君は勇者候補に生まれ変わった僕の師となり、守り導いて欲しい」


「もっと意味不明だ。言ってる意味が分からん」

「そのままの意味だよ。生まれ変わった僕は無力だ。少しずつ勇者候補の頭角を現すはずだがね。おそらく14、15歳になった頃に魔王を討伐した英雄の元に弟子入りを志願するだろうから、よろしく頼むよ」


「魔王討伐の英雄って誰だ」

「英雄は君さ。僕はここで死ぬ。禁呪を使って死ぬんだけど、世の中には君に倒されたと喧伝(けんでん)する」

「……実態はこうして魔王と取引をしようとしているのに、倒した英雄として扱われるのか。詐欺みたいで気が進まん」

「あー、そういうのを気にするタイプか。だがそこは取引条件の1つと割り切ってもらいたい。それにオーライン皇国王にはどう報告するんだい?仲間と魔王が死んでるんだ。君が討伐した事にするのが1番しっくりくるはずさ」

(…………)

ギルバードには何と答えればいいのか分からなかった。

 

「正しくあろうとする君の姿勢は清新で嫌いじゃない。魔王がいうのもなんだがね。だが君は魔王と取引をするんだ。今だけでも清濁併(せいだくあわ)せ呑む図太さを持ってほしい」

(……受け入れるしかないのだろうか)


「君は大魔導士と呼ばれる程、魔法が得意なんだろ。僕も魔法は大得意なんだが凄く偏っていて呪い系の魔法しか使えないんだ。転生したら回復魔法とかも教えてやってくれよ」

「いやいやいや、触媒になったら魔力を失って魔法が使えなくなるんだろ?それでどうやって魔法を教えろと言うんだ」

「えーと、そこは創意工夫で頑張って。魔力は失われるが魔法に関する技術や知識まで失う訳じゃないので」

「頑張るって、精神論かよ……」


「次、ロープロス」

いつの間にかドラゴニックの後ろに鳥龍型のモンスターが立っている。ギルバードには覚えがある。約3週間前のダンジョンでデスナイトと方舟ドラゴンを召喚した奴だ。

「ギルバード君はご存じのはずだが、改めて」


「わーがーはーいーはカース・ロープロス……侯爵です」

「僕亡き後はロープロスに魔王の後継者として魔物たちを統率させる。引継ぎとか戴冠式(たいかんしき)はやらないけどね。あっ、これ魔王ジョーク。笑っていいよ」

ギルバードはクスっとも笑わないが、ドラゴニックはへこたれない。

「現在もロープロスは僕の副官として、魔物たちを束ねている。だから魔王不在でも、少しピリッとさせるだけで今まで通りいく」


「それが俺に関係あるのか?」

「有るかもしれないし、無いかもしれない。僕としては人類と馴れ合うつもりはないので、魔王と存在がいなくなることで上下関係が崩れて下っ端の魔物が好き勝手して暴れても一向に気にしない。だけどギルバード君はどうかな?」

ドラゴニックは思わせぶりな態度を取りながら話を続ける。

「せっかく英雄が魔王を討伐したのに、かえって魔物が暴れて街の平和が侵されるというのは、目覚めが悪くならないかい?仮に魔王討伐うんぬんはさておいても無関係な人々に被害が出るのは本意じゃないだろう」


「なるほど、関係性は理解した。魔王の癖にえらく配慮の行き届いた事だな」

「配慮………。そうこれはサービスだよ。僕はね、ギルバード君に敬意を払ってるんだよ。なんせ勇者候補に転生したら君は僕の師匠になるんだから」

「……分かった。今から15年後に転生したドラゴニックが弟子入りを志願してくるからOKすれば良いんだな?」

「弟子にするだけじゃなく守って欲しい。そうだ、パーティーを組んでくれるといい」


既にギルバードは何を犠牲にしても仲間を転生させると覚悟を決めていた。思考停止や捨て鉢になっているのではない。皇国王に半ば強制されたとはいえ、魔王討伐、いや魔王を殺しに来た。それは相手にも殺される可能性があるという意味に他ならない。

ギルバードは常日頃から、それが冒険者としての初心であり、最低限の心構えだと考えていた。そのうえで生きて戻るために努力を厭わない。今それが試されている気がした。

もはや無事に戻る事はかなわないが、転生という形でも仲間を戻せるのであれば、そこに尽力するのが今の最善なのだと思う。

(魔王と取引する事を善と言うのは流石に烏滸(おこ)がましいがな)


「しかし色んな制約や付随事項が多いな」

「禁呪だからね」

「なんでも禁呪で済ますつもりかよ。まあいい、全て飲もう。今から15年後に勇者候補を弟子にとってパーティーを組む。魔力を失うが歳は取らない。これでいいか?」

「OK、契約成立だ。さっそく儀式を始めよう」

「まて!最後にどうしても聞きたい。なぜ自分の命を賭してまで禁呪を使うのか、それが理解出来ない」


「そんなに不思議な事かい?最初に言ったろう。飽きたんだよ。それに君たちとは転生に関する考え方が根本的に違う。僕にとって転生は死ではないし、終わりでも始まりでもなく、単なる途中経過の1つさ。そこの価値観が異なる以上は多分どこまでいっても平行線だよ」

「そうか」

ギルバードは分かったような、やっぱり分からないような複雑な気分になる。


「さあ、残り時間は少ない。儀式を始める」

こうしてギルバードと魔王ドラゴニックとの契約が成立し、転生の禁呪の儀式が開始された。

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