無効化魔法
方舟ドラゴンとのくう抽選で最初に口火を切ったのはサンドラだった。
サンダーブレスで雷攻撃を浴びせる。
方舟ドラゴンには強い雷耐性があり、ダメージを殆ど与えられない事は百も承知。
だが龍化前の人状態で放ったサンダーブレスで方舟ドラゴンが一瞬スタン状態(行動不能)に陥ったのをサンドラは見逃していなかった。
マリスも同様でスタンによる一瞬の隙を狙って、サンドラの背からジャンプして方舟ドラゴンの背に飛び移り、素早く乱切りの連斬を繰り出す。
(正確には、他人の目にはカオスな乱切りに見えるのだが、マリス本人にとっては規則性のある攻撃と認識している)
その後、一瞬のスタン効果が切れると方舟ドラゴンはマリスを振り落とそうと大きく暴れる。するとマリスはあっさり攻撃を停止、またジャンプしてサンドラの背に戻る。
それを2度程繰り返すと方舟ドラゴンも学習したのか、雷の来る位置を予測してサンダーブレスを回避する。
更に避けるだけでなく、そのままサンドラに向かってジェット機のように突進し、鋭い爪を立てて攻撃してくる。
既の所でサンドラがこれを躱すと、方舟ドラゴンが追撃で竜巻を発生させてくる。
これもサンドラは上手く躱すが、2つ目の竜巻を躱しきれずに喰らってしまう。戦場となっているのはダンジョン内とは思えない天井の高いフロアーなのだが、さすがに空中戦を展開している位置からは天井が近い。
錐揉み状態で巻き上げられたサンドラは天井に達する直前でなんとか態勢を立て直す。
なんとか激突を免れたため外的ダメージはなく、さらに2人とも三半規管がかなり発達しているため、加速度病(乗り物酔い)もない。
だが内臓がかき回されて、目に見えない内的ダメージは積している。それはサンドラの背にしがみついていたマリスも同様だ。それでも2人は一切怯まない。
「危ねぇー危ねぇー。今のはギリギリやったな」
「うん。多少の冒険をしないと倒せそうにない敵だから無茶するなとは言えないけれど、気を付けて」
「ああ、でも今の緊張感は嫌いやないな。そして俺っちはまだまだこんなもんやない。マリスもそうやろ?」
「ええ、勿論です。それよりこれまでのアタックで敵の方舟部分を中心に斬りつけてみたけど……刃は通るし、手ごたえもあるのだけれど、ちゃんとダメージを与えられているのか判らないわ」
実際、くすんだ黄色のような茅色の方舟部分(胴体?)には出血は見受けられない。
サンドラとマリスが互いの状況を気遣いつつ、これまでの戦いを分析する。
「サンダーブレスも覚えられてもうたのか躱されたしな。爪攻撃をして来とるし、ここはいっちょ眷族として、いやドラゴン同士らしい戦いを見せたろかな」
「空中での肉弾戦ってこと?……とにかく私は方舟部分以外を攻めてみます」
試行錯誤しながらの戦いではあったが、明確な点もある。
指の1本1本が刀剣に匹敵する鋭い爪による攻撃は、喰らうと致命傷になりかねないので最優先で必ず躱す。
その後の竜巻も防御に徹すれば全て回避可能。だが、攻撃まで手が回らず一方的な防戦を強いられる事になる。
初見の敵である方舟ドラゴンのスタミナの程は知れないが、龍化していられる時間には制限がある。
なにより勝気なサンドラの性格がそれを許さない。マリスも表には出さないが、勝気な性格はサンドラと同様だ。
受け身に回っては活路を見出せない。
リスクテイクして攻撃姿勢を維持する。これが2人の共通認識だった。
仕切り直しとばかりにサンドラとマリスが攻撃を仕掛けようとした瞬間、方舟ドラゴンを挟んで対角からヒューンという音を伴って3本の矢が飛び、敵に突き刺さった。
矢を放ったのが誰であるか2人には想像がつく。
「やっときたか」と言わんばかりに、矢の飛んできた先を確認するとアイシスの背に乗るガクベルトとアーニスの姿があった。
次の瞬間、マリスがアイシス、アーニスがサンドラの背からそれぞれ飛び立ち、縦長い方舟ドラゴンの両端に降り立つ。
着地後はそのまま逆側に向けて武器を振るって方舟ドラゴンを斬りつけながら駆け出す。
当然ながら斬りつけられている方舟ドラゴンも大人しくしていない。
暴れまわり、逆さまになって天地を逆転させるなどして振り落とそうとする。だが2人のバランス感覚はそれを上回っていた。
変化する重力の軸に合わせて重心をコントロールし、時には武器でトレッキングポールのように突っ張って体を支える。
2次元ではなく3次元な動きで駆け抜け逆端を目指す。
なお、アーニスは剣ではなくスレッジハンマーを振るう姿は鍬で田畑を高速に耕しながら走っているかの様だった。
中間付近で2人は交差することになるが、その際にマリスのレイピアとアーニスのスレッジハンマーが干渉しないよう視線を合わせた以外は特に言葉を交わすこともない。
そのまま逆端に達すると勢いを落とさずにマリスはアイシス、アーニスはサンドラの背に飛び移った。
要約するなら龍化したサンドラとアイシスの背を足場にマリスとアーニスがヒットアンドウェイを仕掛けた形になる。
加えて敵に近づく際と離れる際にはガクベルトが弓矢で援護射撃を行っている。
サンドラとアイシスが大きく羽ばたいて機動力で竜巻を搔い潜って距離を縮め、ジャンプが届く距離になるとマリスとアーニスが勝負を仕掛ける。
その際にはガクベルトが援護射撃を行う。パーティーの息の合ったコンビネーションが見事に機能している。
中でもガクベルトの援護射撃は特筆もの。方舟ドラゴンが爪攻撃を仕掛けてくる時にはその手足、或いは眼付近を狙って視野を阻害する。
ただでさえ移動体から射出は難しいうえ、的が大きい胴ではなくピンポイントの標的を狙うとなると求められる精度は跳ね上がる。
それをガクベルトは表情1つ変えずに着実に遂行していた。
「一気に攻めるにゃ~」
アーニスの発破に対して「おう!」と返事をしたパーティーメンバー達が「イケる」と思い始めていた。一般的にそれは慢心や油断の類に繋がり易い感情ではあるが、今のパーティーメンバーには全く当て嵌まらない。初見の強敵との対峙し、戦闘後の事を考えずに龍化までして総力戦に持ち込み、やっとの思いでまでして引き寄せた勝負の波。勝てる時に勝ち切らないと必ず手痛い反撃を喰らう事になることを皆知っている。つまりは「ここで決めなければならない」という勝負所への嗅覚であり、どちらかといえば焦燥に近い感情といえた。
基本となる戦略に大きな変更はない。
サンドラとアイシスの背に乗って方舟ドラゴンに近づき、アーニスとマリスが飛び掛かる。それまでは2人が離れた後、サンドラとアイシスは一旦遠ざかり、頃合いを見計らって再度近づいてアーニスとマリスを回収していたが、今回はそのまま離れず龍爪を突き立てた。
無論、方舟ドラゴンも黙ってやられる事は無い。
翼と長い尾を大きく動かしてサンドラとアイシスに叩きつける、鋭い爪で肉を突く。
3頭の龍が空中0距離での殴り合いをしている。固い鱗と強靭な皮膚を持つ龍ゆえに致命傷には至っていないが、さすがに双方無傷とはいかない。
しばらくやりやった後は距離を取って幾度目かの仕切り直しとなる。
「しぶといわー」
サンドラが独り言のように言った。自分達が優位に進めているといって良い展開だったが決め手に欠けている。なにより龍化には時間制限があり、長引いて良い事は1つもない事が分かっているだけに焦りとイラ立ちを隠さない。
方舟ドラゴンも次の攻防では変化を加えてきた。
攻撃を竜巻に一本化、今までに増してこれでもかというくらい多数の竜巻を発生させてくる。
そうなると流石にアーニスとマリスが飛び移って攻撃するのが難しく、それ以前に龍化したアイシスとサンドラですら飛行態勢を維持するのがやっと。防戦一方になる。
それが有効だと悟った方舟ドラゴンはひたすら竜巻ばかり使ってくる。
もはや戦いにはならず防戦どころか回避のために距離を取って、実質逃げ回っているだけの状況に陥っていた。
「アホみたいに竜巻を連発しやがって、こいつの魔力には消耗ってもんがないんか」
「竜巻を一杯出されるだけでこんニャに行動が制限されるニャんて腹が立つニャ~」
サンドラのイライラがアーニスにも伝染した。
「でも実際のところ、厄介過ぎですね。魔力が無限なんて事はないでしょうが、サンドラアイシスの龍化が解けるより先に尽きる保証もないですしね」
マリスはいつも冷静だった。
「単純な攻撃だけど、現状回避する以外に対応策がないね。耐性があって魔法は効かない、近づけないから武器での物理もダメ、矢も竜巻に邪魔される。時間制限があるから持久戦も不可。絵に描いたような八方塞がりですね」
憎いくらいにガクベルトも冷静だった。
誰1人諦めてはいないが良いアイデアは浮かばずに、時間だけが過ぎ去っていく。
「ムーンストーンが白色の帷幕を張り 悔恨を覆滅せしめん」
「月光の夜に静寂の鐘を鳴らして 領域を遮断する」
「撃鉄の重みを抱いて を封印せよ、アンチマジックカナデ」
急に方舟ドラゴンの竜巻が発生しなくなる。
正確には一旦発生はするものの直ぐに無効化しているように見える。
「さては魔力が切れたのかニャ?」
「いや、ギルの仕業でしょう」
アーニスとマリスが視線を落とすと船の上からギルバードとクラウドがグッドサインをしている。
おまけにギルバードは満面の笑みでドヤ顔していて、真面目な顔で空中の戦況を注視しているカロットワーフと対照的だ。
「爽やかな笑顔が少し癇に障るわー。……だけど、ここぞという時にはホンマに頼りになる奴や!」
「離れた場所から美味しいとこ持って行きよったな(笑)」
サンドラとアイシスの声が明るい。
凋みかけていた2人の士気が大きく膨らんでいくのが分かった。