膠着状態
方舟ドラゴンとの戦闘が続く。
サンドラの方に顔を向けた箱舟ドラゴンは改めて黒い霧を吐き出し、大雨と津波を発生させる。
そして間を置かず白い霧を吐いて竜巻を巻き起こす。
サンドラとその傍にいるマリスの足場は狭く、逃げ場がない。津波と竜巻が迫りくる中で洪水に飛び込むのは自殺行為で選択肢として成立していない。
「勝負を掛けるんはここやろ? 」
サンドラの問いにマリスが頷きながら答える。
「剣舞はどうするの?」
「時間がないから剣舞は破棄して詠唱のみでいく。しっかりつかまっときや、マリス」
龍化は肉体が強靭になって全てのアビリティが向上するだけでなく飛行も可能になる非常に強力なスキルだが、都合の良い話ばかりではない。
トレードオフで消耗と疲労が激しく人型に戻った際にはしばらく戦闘に耐えられなくなる。
おまけに龍化していられるのは30分程度に限られているため、とっておきの切り札と言って良い。
だからこそ使用する時にはサンドラは己の判断だけでなく、マリスにも確認を取るようにしていた。デスナイトアドミナルとの戦いでも龍化しようとしたサンドラをマリスが止めたのもそういった理由からだ。
逆にいえば箱舟ドラゴンとの戦いでは、その奥の手が必要だと、2人は判断したということになる。
お互いを抱きしめるよう体を密着させ、サンドラが詠唱を始める。その間にも2人は竜巻に飲み込まれ、回転しながら上空に巻き上げられていく。
「龍牙族の血脈が目覚める時 スマラカタに光を宿して……」
風雨が容赦なく体を打擲し、呼吸をするのも一苦労する状況でサンドラは詠唱を淀みなく続ける。
「落雷と共に姿を表せ、天空を切り裂いて掛ける、ドラゴンフォーム」
竜巻に飲まれながら詠唱を終えるとサンドラの姿が龍に変わる。龍と化したサンドラは背中にマリスを乗せ、大きな翼を力強くはためかせて竜巻から脱出を果たす。
アイシスとアーニスは方舟ドラゴンに向かって氷塊を投げ続けていた。
敵もさるもので弓矢との違いを把握して上手く避けるようになり、その後は全く当たらなくなった。
「1発目は不意打ちのような形でヒットしたんじゃが、修正して対応してきよった。知能はそこそこあると見えるのう」
そう言ってカロットワーフは今回が初見のモンスターを冷静に観察する。
そんな折にアイシスの目に龍化を遂げるサンドラの姿が飛び込む。そして同時に決意する。
「カロ爺、どうやらここが勝負所みたいや。悪いけど、アッチ(私)もアーニスを連れて空中戦に参加する。足場は広めに作っておくからなんとかクライドと合流して。それからクライドには……」
アイシスは自身も龍化する意思とクライドへの伝言をカロットワーフに依頼した。
「クエストターゲットである残り2つのパーティー『ダークグリフォン』と『アルジョン』が囚われているという敵の言葉を鵜呑みには出来んが、とにかく今は目の前の敵を倒すのが優先じゃのぅ……。よし、ワシの事は気にせんでええ。思いっきりやってくるんじゃ!」
カロットワーフの同意を得たアイシスはその場で詠唱をしながら槍を振るって演舞(槍舞)を始める。
「龍騎族の古の習わしを以て吠え ラピスラズリに祈りを捧げる時……」
槍舞は静と動を織り交ぜつつ、時に両の手と槍を使って全体を大きく見せる。
「ブリザードを纏い、氷結の権化と成す、ドラゴンフォーム」
剣舞と詠唱を終えるとアイシスの姿が水色の龍に変わっていく。
「何度見ても雄々しくも見目麗しいドラゴンじゃな。それにしてもおぬしはサンドラのように演舞破棄はせんのじゃな」
「褒めてくれてありがと。演舞破棄は人に戻った時の負担が大き過ぎる。サンドラも破棄で反動は大きくなるけどアッチよりはマシ。龍騎は元来、龍になるより乗ることを得意とする一族やからな。口惜しいが龍化に関してだけは龍牙族には敵わんのや。あと、アッチは2槍で舞うけどサンドラは剣を使うのも違いやな」
龍の姿になったアイシスが珍しくサンドラを褒めた。ただ「龍化に関してだけは……」と前置く点が負けん気の強さが表れている。
「もっともさっきみたいに竜巻に飲まれる切羽詰まった状況やと反動が大きさに関係なく剣舞は破棄せざるを得んやろけどな」
アイシスがアーニスの方を見る。
「アーニス、龍騎は龍に乗る種族で、乗せるのは特別なんだからな」
「おっけーニャ~」
アーニスがアイシスの背に飛び乗る。
「ほな、行くで~」
そう言ってアーニスを背に乗せたアイシスは、前線へ行く前にまずガクベルトの元に向かう。
「ガクベルトも来い。ここがこのダンジョンのクライマックス、総力戦やで!」
弓矢を操るガクベルトは地上からでも敵に向かって射る事は可能だが、上空へ射ち上げる形になるためどうしても威力は大きく落ちる。
アイシスの背に乗って戦えば難易度は増すが威力減のハンデが解消される。その半面、移動しながらの射出となって難易度は遥かに高くなるものの、そこはガクベルトの技術でカバーする。
アイシスはガクベルトの腕を信頼しているからこそ誘ったし、ガクベルト自身にもその自負はあった。
アイシスの呼びかけにガクベルトは黙って頷いた後、ジャンプしてアイシスの背に飛び乗り、アーニスの後ろに座る。
こうしてアイシス、アーニス、ガクベルトの3人は箱舟ドラゴンとサンドラ達が繰り広げる空中戦に参戦するため、飛び立った。