大魔法の後
<少し前(ギルバードの大魔法の後)のクライド>
「さすがギル兄。青い球体と黒い球体も併せて敵を一気に片づけたのか。我が兄ながらとんでもない魔法を使うなぁ。アイシス、アーニスも覚醒したようだし、いよいよあいつと総力戦ってわけだな」
クライドが宙に浮かぶ方舟ドラゴンを見上げる。
雨が激しくなって地底湖の水が溢れ出す状況になるとクライドは、自ら組み立てた砲水船に乗り込んで洪水をやり過ごす。
元々は地底湖の水を汲み上げて弱聖水として発射するために組み立てたものだが、船としても勿論機能する。
4名しか乗れない小型船だが砲台の衝撃を受け止める為に爪のついたアンカー(錨)を用いており、おまけに魔法で全方位からの浸水を防ぐ。
要するに砲台の土台としての機能を優先している仕様になっている。但し、航行速度は速くない。
「地底湖の水を使うので船にしたけど……、まさか洪水と津波で攻撃してくる敵なんて予想しなかったよなぁ。まあツキはあんのかもな」
洪水と津波を砲水船でひとまず乗り切ったクライドは敵と味方の動向を確認しながら、次にどう動くべきかを思案していた。
ギルバード達と会話は困難だが目視が可能な距離。
遠い場所から瞬時に状況を見極めて判断する力は求められるが、後衛の自分が上手く合わせさえすればパーティーの生存率を高める事が出来る、それがクライドの冒険者としてのセオリーであり、信条と言っても良い。
先程のデスナイト相手にサンドラが守勢に回ってへばり付かれていた時に弱聖水砲でフォロー出来たことも決して偶然ではなく、自身のセオリーに従った必然の結果だとクライドは考えていた。
そんな折竜巻に遭ってギルバードが壁に叩きつけられ、洪水に飲まれる姿を目にする。
今このあたりに竜巻は存在していない。この小さい船が竜巻に耐えるか分からないが迷いはない。即座に船を動かしてギルバードの元に向かう。
速くない航行速度が恨めしかった。
<少し前(ギルバードの大魔法の後)のガクベルト>
ガクベルトはデスナイトとサンダーバードを狙撃し易いように高所に位置取っていた。おかげで幸いにして水難から逃れたガクベルトが反撃を試みる。
宙を飛ぶ敵と対峙して弓矢を主力武器とする自分が活躍しないのは存在意義に関わるとさえ思う。
一方で台風(強風)を司る相手というのは、放った矢が風に流される為、すこぶる相性が悪い。
それでもガクベルトは矢を放つ。当たらずとも敵の気を逸らしたり、攻撃を少しでも遅らせることがパーティにとって益となる。
下手な鉄砲を数撃つつもりでは決してなく、当てるつもりで矢を放ち、その結果として自分の攻撃の全部が捨て石になっても構わない、ガクベルトに主役願望はなかった。
<少し前(ギルバードの大魔法の後)のアイシスとアーニス>
ギルバードが竜巻で飛ばされ、壁に激突する様子はアイシス達からも見えた。直ぐにギルバードの元に向かって動き出したクライドの砲水船も同様に。
砲水船の航行速度が速くないと言っても、アイシスが氷を作りながら進むのと比べると遥かに速い。
「となると、アッチ達がすべきは反撃だな。……アーニス、アイスブレスで氷塊を作るから宙に浮いてるあいつに思い切りぶつけてやれ!」
「おうニャ!」
アイシスには氷は作れてもそれを勢いよく飛ばすことは出来ない、獣人のアーニスは常人には持ち上げる事さえ不可能な大きな氷塊を投げて宙にいる敵まで届かせることが出来る。それぞれが得意とする役割を担うことではじめて攻撃として成立する。
「うー、手が冷たいニャ~」
「そりゃ氷だからな。グローブをすれば良いだろー。守り一辺倒だと敵に好きなようにやられちまう。アッチ達は敵を攻撃するのが役目だ。ギルバードはクライドが必ず助ける」
「今まで寝てた分まで働くニャ~。乱暴な起こされ方だったけど、裏を返せばこの戦いにあたいが必要だって言われてると割り切るニャ~」
アイシスが丸い大きな氷塊を生成し、アーニスが持ち上げてぶん投げるた。
氷塊に先行して放たれたガクベルトの弓矢はやはり相性が悪かった。
方舟ドラゴンが巻き起こす強風に邪魔をされて軌道をずらされてしまう。矢を放っては逸らされる、それを数回繰り返したタイミングでアーニスが氷塊をぶん投げる。
方舟ドラゴンは矢の時と同じように強風を起こして軌道をずらそうとするが、重量のある氷塊はあまり影響を受けない。
氷塊が殆ど軌道を変えないで自身に向かって飛んでくる事に気付くのが遅れた箱舟ドラゴンは慌てて回避行動をとる。
初弾は辛うじて交わしたものの次弾、次々弾が間を置かずに何発も飛んでくるので避けきれず箱舟部分(胴体)にヒットして態勢を崩す。
そこに再度ガクベルトの矢も飛んでくるが態勢を崩した箱舟ドラゴンに強風を起こす余裕はなく、これもヒットする。
「もしかすると、あやつはこのダンジョンでしか戦ってこなかったかもしれんのう」
「どゆことよ?カロ爺」
アイシスがカロットワーフを尋ねる。
「宙を舞うあやつに対する冒険者の攻撃方法といえば、まず魔法か弓矢じゃ。魔法については、少し変わってはいるがドラゴン種であるなら大なり小なり耐性があるじゃろう。弓矢はさっき実践してたように強風で逸らしてきたんじゃな」
カロットワーフは話を続ける。
「攻城戦ならともかくダンジョンに投石器を持ち込む冒険者などおらんからな。巨大な氷を投げつけられたのは初めてのことじゃろうて。氷塊を作り出すアイシスとそれを投げるアーニスの組合せが不意を突く結果になったんじゃ」
「なるほどニャ~」
「魔法といえば、そろそろサンドラが動き出すんじゃないか」
竜巻に巻き込まれる寸前でギルバードに放り出されたサンドラ。落水して水浸しになったが、泳いで地面のあるところに辿り着くとすぐに詠唱を始める。
濡れた着衣の水を絞るでもなくギルバードの献身を感傷に浸るでもない。今このダンジョンの場で、自分に求められるのは敵への攻撃であるとサンドラは考えた。
パーティーの仲間(特に今回はギルバード)への感謝を言葉ではなく行動で示す。自分には戦略を立てたりはできない、前衛として体を張るのみ。単純な故にアクションを起こすのが何よりはやい、それこそがサンドラの強みだ。
「サンダーブレス ブロー」
サンドラの声に連鎖して雷鳴がドーンと鳴り響いて落雷が箱舟ドラゴンを貫く。
……貫いたはずだが、一瞬の硬直が見られた以外は、まるでダメージを受けていないようにみえた。
「やはり魔法への耐性があるようじゃな。しかも雷に対しては無効化に近いようじゃ」
「台風を呼んでおきながら、雷を自分が喰らってダメージを受けてたらギャグやしな」
「ダメージはなかったようだけど、効果はあったみたいだニャ~」
表情には出ていないが、明らかに方舟ドラゴンが顔をサンドラの方に向けていた。
<その頃のクライド>
クライドの砲水船がギルバードの元に辿り着き、水から引き揚げて様子を窺う。
「……意識はないが自発呼吸はしている。水も飲んでないようだし、まあ大丈夫だろう」
クライドが胸を撫で下ろした。
ギルバードを収容するとクライドは砲水船の進路を変え、そっと前線から離れた。