大魔法 その2
サンドラは態勢を入れ替えて、なんとかデスナイトアドミラルを引き離すのだが、すぐにまた突進してくる。そしてやはり押しまくられてしまう。
「こいつ俺っちの方にばっかくるけど、何か恨みでもあるんかいな」
「逆じゃない?好かれてるんでしょう(笑)」
マリスも偶には冗談を言う。
「それはともかく、もうすぐギルの詠唱が終わるわ。そうなったら魔法に巻き込まれないよう彼の防御領域に避難しないといけない」
「ああ、その前になんとかしてこいつを引っぺがさんと。でないとギルのとこまでついて来てまう」
デスナイトに関してはアドミナルが勝手に倒してくれるので、マリスはサンダーバードに気を配りつつ、サンドラのフォローに入る。だがやはり4本ある剣の2本を使って防がれてしまう。(※残り2本はサンドラを攻撃し続けている)
目先を変えてマリスは後方から飛び掛かり、サンドラと挟撃を試みるがそれも防がれてしまう。
サンドラは剣撃だけは必ず回避した。アドミナルの圧力は凄まじく押し込まれて徐々にボロボロのくしゃくしゃになっても眼の光は失われない。体格差の大きい敵相手に十分に善戦していると言えた。
「眼に映すもの映さぬもの 希望と絶望の狭間に 三本の線を引く」
「マリス、サンドラ!こっちへ」
いよいよ詠唱を終え、最後の言葉を残すのみとなった時点でギルバードは2人を呼び込む。
広範囲の大魔法を使用せた際に自身や仲間を巻き込まないため、防御領域を展開する必要があるためだ。
「はい」「おう」とそれぞれ返事はしたもののデスナイトアドミナルを引き剝がせていない。
ギルバードの呼びかけは2人にとって時間稼ぎの終了であるとともに避難のリミットが設定された事を意味する。
詠唱を終えた魔法をいつまでもそのままにはしておくと溜まった力が行き場を失って魔力暴発を引き起こす。その前に発動させて魔力を放出しなければならない。
あと何分、あと何秒という具体的な残り時間が明示される訳ではない。だからこそ、いつリミットが来るか分からないというプレッシャーが2人に伸し掛かってくる。
魔力暴発は自身だけに止まらず、大切な仲間にも影響が及ぶ事になる。それが何より耐え難い事だった。
プレッシャーの大きさ故に2人の耳には残り時間を刻む「カチッ、カチッ、カチッ」という秒針の幻聴さえ聞こえてきそうな程、緊張感が漂っている。
(しゃーない。奥の手を出すしかないか)
迷いが顔に出ていたサンドラの様子を察したマリスが大きく首を振ってみせる。
(マリスはここじゃないっていうんか? そやけどこのままだと……)
焦るサンドラだが、その背後から何かが迫ってくるのが感じた。先程、サンドラ自身のクレームで使用を中止したはずのクライドの水の砲弾だった。
水弾はそのままサンドラの肩上を通過してデスナイトアドミラルの顔面に向かう。アドミラルもそれに反応して剣で水弾を斬る。水のしぶきが綺麗に周囲に拡散してアドミラルが大量の水を浴びる。
「我、動けない也」
弱聖水で出来た水弾はアンデッドであるデスナイトアドミラルの動きを一瞬だけ止める。
「アホクライドもたまには機転が利くやないか。これで今回のダンジョンでのやらかしはチャラにしたってもエエわ」
サンドラとマリスがその隙の逃さずに必殺技を繰り出す。
「大地を揺るがし 雷鳴を轟かせ、月下大龍牙刀!」
「陰陽交わる月夜を切り裂いて 騎士団の剣 流水の如く、ストレートフラッシュ」
必殺技を以てしても撃破には至らないが、デスナイトアドミラルを引き剥がしてサンドラとマリスが防御領域を展開するギルバードの元に身を寄せるには十分だった。
「ごめんなさい、お待たせしました」
「ギル、ぶちかましたれ!」
マリスとサンドラが防御領域の内側に入った様子をみて、ガクベルトとクライドも安全圏まで避難する。
満を期してギルバードは左腕をデスナイトアドミラルに向けて突き出し、指をフレミングの左手の法則の形に、右手でその中指を握って最後の言葉を発する。
「散火の炎刃と炎槌を下す、ボーエクスバズ……」
(MB:+シークエンス)
ギルバードがメインの爆炎魔法を唱えた後にMBがシークエンス(連続発動)効果を付加した。
左手人差し指の先から火花が飛び出し、何もない空中で導火線を伝わるようにデスナイトアドミラルに向かっていく。
一般的な導火線と大きく異なるのは一定速度ではなく加速して伝わっていく事と、線が存在していないことだ。
「我、火花を斬る也」
弱聖水の硬直が既に解けているアドミラルは剣で向かってくる火花を斬りつけるが止められない。火花はそのまま直進して胸部にヒット、ボンという音を伴う爆発を起点として続け様に誘爆を引き起こし、体全体を爆炎が覆いつくす。
火花はそこから周囲の敵へどんどん派生する。アドミナルの時と同様に導火線を伝わるかの如く、近くにいるサンダーバードとデスナイトへと順に拡がっていき、次第に大規模な爆発へと発展する。
そして火花はとうとう黒いモンスターボックスと青いモンスターボックスに行き着き、湧きだしている途中のモンスターを含め、見えるものすべてに誘爆し焼き尽す。
球体のモンスターボックス全体が炎に包まれる様子はまるで小さな太陽にように見える。
ギルバードは両腕を前に突き出したまま、爆発が拡がる様を注視していた。
倒しても倒してもモンスターボックスから敵が湧き出て数が減らず、ひたすら味方のスタミナだけが削られていく状況を一気に片づける。爆炎の連続魔法がギルバードの出した答えだった。
防御領域の内側にいるギルバード、マリス、サンドラ、そして安全な距離まで避難済みのガクベルトとクライの5人に対して、カロットワーフと未だ目覚めていないアイシス、アーニスのすぐそばにまで爆炎がきていた。
「ホイホイホイホイホイホイ。思ってたより爆炎の範囲が大きく、延焼が早いわい」
独特な掛け声を発しながらカロットワーフはアイシス、アーニスを抱えたまま走る、懸命に逃げる。
一生懸命走るカロットワーフだったが炎の速度の方が早い。そのうえ2人を抱えて体力の限界も近かった。「ホイホイホイホイ」と軽快な掛け声もいつの間にか「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」という息切れに変わっていた。
火花と爆炎が3人に追いつかんとする状況に至っても、アイシスとアーニスを置いて自分だけ逃げるという選択をカロットワーフはしない。
信頼して任された以上、最後の最後まで諦めない。仮に失敗に終わっても、それはあくまで結果であり、最善を尽くすのが彼の流儀だ。
古風な考えだと自覚もあるが、そんな自分が嫌いではなかった。
「アイスブレス シールド!」
眼前に火花が迫った瞬間、アイシスが魔法で氷の盾を作り出した。
「おぬし、いつ覚醒したんじゃ?」
「これだけ熱けりゃ、さすがにアッチ(私)も目が覚めるっつーの」
アイシスの氷の盾でとりあえず火花を防いだものの、炎が広範囲に広がり盾を回り込もうとしてくる。おまけに氷の盾が炎の熱で溶け始める。
アイシスはアイスブレス シールドを追加して補強するが相性の問題もあって炎の勢いの方が強く時間稼ぎにしかならない。
「あー、もうお前もそろそろ起きろっ」
そういってアイシスがゲンコツを喰らわすとアーニスが眠そうな顔で目を覚ました。
「おはようニャ~」
「寝ぼけてんじゃない!」
今度はデコピンがアーニスの額に飛んだ。
「あう、そういえば腕がなんともないニャ~」
「ギルが治してくれたんや。それより起きたならのんびりしてないでなんとかしろ。炎がアッチ達のすぐそばまで来ててヤバいんや」
アイシスは現在進行形で氷を出し続けることで、なんとか火花と炎が回り込むのを防いでいた。
「よくわかんニャいけど、とりあえず逃げるニャ~」
アーニスはアイシスとカロットワーフを担いで走り出す。獣人だけあって力は強くて足も速い。カロットワーフの速度では炎に勝てなかったが、アーニスの足はその炎より速かった。
カロットワーフが粘り、アイシスが時間を稼ぎ、最後はアーニスの足で3人が安全圏まで避難を終えた頃、粗方の敵は爆炎により殲滅されていた。
「ギルの魔法はほんに凄まじいのう。やり過ぎのせいでこっちにも飛び火しかけたがのう。ラインベッカ兄弟のやり過ぎ癖には困ったもんじゃ」
「うんニャ、カロ爺はまだギルの事が分かってないニャ~」
アーニスが半笑いになり、説明をアイシスが引き継ぐ。
「やり過ぎるのはラインベッカ兄弟の得意技やけど、今のは違う。確かに兄のギルバードも弟のクライド程じゃないにしろ、やり過ぎの嫌いがある。でも魔法に関してだけはアイツは間違いがない。大魔導士の名に恥じないレベルであいつは魔法を威力も精度も完璧に制御してる。今回の件もわざとやったに決まっとるわ」
「何故そんなことをするんじゃ? 冗談にしては危険過ぎるじゃろう」
「あれくらいなら大丈夫って、あたい達の事を信頼してるんニャ~」
「あとはあれだろうな」
サンドラが顔をあげて、上空に浮いている方舟ドラゴンを見ながら言う。
「そろそろあいつとの戦いだからいつまでも寝てないで起きて準備しろって言ってやがんのさ。無茶苦茶な目覚まし時計やけどな」
「ギルバードは頼りになる奴ニャけど、やんちゃでいたずら好きなガキの部分も残ってるニャ~」
「なるほどのう」
カロットワーフは妙に納得してしまった。