“回避力アップ”の腕輪をつけた勇者、敵の攻撃を避けまくり絶好調だけど、魔王に挑む直前に「実は腕輪に何の効果もありません」と聞かされる
魔王ダグマスを倒すため、冒険を続ける勇者シューゼン。
燃えるような赤髪に真紅の鎧が特徴的な、“勇者”の称号に相応しい勇ましい若者である。
そんな彼は旅の途中、ある神殿に立ち寄った。
速さの象徴である“ファルコン神”を祀る神殿。
そして、神殿の大神官であるヘイドという若い男が、シューゼンに一つのアイテムを託してくれた。
「これは“ファルコンの腕輪”というものです」
「綺麗な腕輪ですね」
「神殿に代々伝わる神聖な腕輪で、私の手でファルコン神の加護を宿しておきました。これにより、あなたはこの腕輪をつけると驚異的な回避力を身につけることができるでしょう」
「おおっ……!」
シューゼンはさっそく腕輪を装着する。
自分の中で何らかの力が高まっていくのを感じる。
「いかがですか?」
「分かりますよ……今の僕なら、どんな攻撃でも避けられる気がします!」
「それはよかった」
シューゼンは礼を言うと、神殿から旅立つ。ヘイドもまたそんな彼の後ろ姿を微笑んだまま見守った。
「ファルコン神のご加護があらんことを……」
***
ここからのシューゼンの冒険は、まさに快進撃だった。
「僕にはこの“ファルコンの腕輪”があるんだ。どんな攻撃だって怖くないぞ!」
スライムの粘液、ゴブリンの斧、ゴーレムの拳、ダークエルフの弓矢、あらゆる攻撃をシューゼンは回避し続けた。
「すごい、すごいぞ! まるで当たる気がしない!」
ドラゴンが口から吐き出す火炎を華麗にかわし、脳天に剣を突き刺す。
さらには魔界屈指のスピードを誇るデビルアサシンからも奇襲を受けるが――
「くっ、くそっ! 当たらん!」
「悪いな。僕にはお前の攻撃が止まって見える!」
デビルアサシンの毒を塗ったダガー攻撃は空を切るばかり。
そして、反撃の一撃が彼の胸を切り裂く。
「ぐはぁぁぁぁぁ……! 私が、一撃も、当てられない、なんて……」
地面に倒れたデビルアサシンを見て、シューゼンは一息つく。
「ふぅ……素早かったな。もし“ファルコンの腕輪”がなければ、何発かは攻撃を喰らっていただろう。まさに神回避ってやつかな」
シューゼンは右腕にはめられた青い腕輪に感謝した。
***
しばらくして、シューゼンは魔王城に突入した。
魔王の親衛隊といっていい精鋭魔族の猛攻を受けるも、シューゼンにはかすり傷一つ与えられない。
そして、ついに彼は魔王がいる部屋の前までたどり着いた。
「ここに……魔王が……!」
シューゼンの顔に緊張が走る。
しかし、同時に自信もみなぎっていた。
右腕につけたファルコンの腕輪。これがある限り、負ける気がしない。たとえ魔王の攻撃でさえ被弾する気がしなかった。
息を整えると、シューゼンは扉を開けようとする。
すると、不意に声をかけられた。
「シューゼンさん!」
シューゼンが剣を構えつつ振り向くと、そこにはファルコン神に仕えていた大神官ヘイドがいた。
「ヘイドさん!? どうしてここに……!?」
「あなたにどうしてもお伝えしたいことがあったものですから」
ヘイドは息を切らしている。かなりの無茶をしたことが分かる。よほどの事情があるのだろう。
一方、シューゼンとしても彼には伝えたいことがあった。
このファルコンの腕輪のおかげでここまで来られました、と礼を言いたかった。
しかし、とりあえずはヘイドの話を聞くのが先である。
「あの……僕に何か?」
「あなたに託したファルコンの腕輪のことなのですが……」
やっぱりこの腕輪のことなのか。
シューゼンは身構える。
もしも「返却して欲しい」のような用件だったら困る。せめて魔王を倒すまでは待ってもらいたい。
「ファルコンの腕輪が……何か?」
「私、あの腕輪には驚異的な回避力を与える効果があると申したでしょう」
シューゼンはうなずく。
ファルコンの腕輪は本当に役に立ってくれた。
「実は、あの腕輪にはそんな効果は全くないんですよ」
「……え?」
シューゼンの顔が固まる。
「私はファルコン神の力をあの腕輪に宿したと申しましたが、儀式のやり方に手違いがあって、実は全く宿せていないということが分かったんです」
ヘイドの話を、シューゼンは呆然としたまま聞いている。
頭の中は真っ白だが、話はきちんと理解できている、という奇妙な状態だった。
「なので、あの腕輪をあてにすると酷いことになる、ということをお伝えしたかったんですよ。シューゼンさんに追いつくのに時間がかかってしまって、やっと伝えることができました」
シューゼンはようやくフリーズから回復した。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 効果がないってことは、つまりこの腕輪はただの腕輪……ってこと?」
「そうなりますね」
「これをつけてても回避力なんか上がらない?」
「全く上がりませんね。むしろ腕輪の重みで下がるかもしれません」
「……!」
ちょっと待て。
じゃあ今まで僕が敵の攻撃をかわし続けられたのはなんだったんだ。
ファルコンの腕輪をつけてからというもの、敵の攻撃を喰らうことはほぼなかった。
一体あれはなんだったんだ。
回避力がアップしたつもりになってただけで、僕自身は何も変わってなかったということか。
困惑しつつ、シューゼンはかろうじて言葉を発する。
「だったら……今からでもファルコン神の力を宿して欲しいのですが……」
ヘイドは首を横に振る。
「それはできないんです。私でもファルコン神の神託を受けることができるのは、年に一度あるかないか……。当分は無理でしょう」
今からファルコンの腕輪に力を宿すこともできないようだ。
シューゼンにはまだまだ言いたいことはあるが、上手く口から出てこない。
すると、ヘイドがにこやかに笑う。
「あなたが今こうして生きているということは、ファルコンの腕輪はあてにしていなかったということですよね。本当によかった……。それでは打倒魔王、頑張って下さい! では!」
ヘイドが杖を掲げると、彼の体はその場から消えてしまった。転移魔法を使ったのだろう。
「あっ、ちょっ……!」
シューゼンは独り取り残されてしまった。
そして、愕然とする。
「こんな土壇場で言いやがって……!」
ヘイドから嘘は感じられなかった。
つまり、彼の言葉は真実であり、本当にシューゼンを心配して駆けつけてくれたのだろう。
しかし、それでもこう思ってしまう。
せめてもっと早く言うか、あるいは魔王を倒してから教えてくれよ、バカヤロウ……!
もっと早く教えてもらえれば対策を立てられたかもしれないし、知らずに魔王に挑んでいれば、ファルコンの腕輪を信じたまま戦うことができた。
まさに最悪のタイミングで「ファルコンの腕輪に効果ナシ」と知ってしまった。
かといって、今更引き返すこともできない。引き返すにせよ、危険はあるのだ。
「あ~、くそぉ~、もう入るしかねえじゃねえか!」
半ばヤケクソな境地で、シューゼンは扉を開いた。
***
シューゼンが魔王ダグマスと対峙する。
「待っていたぞ、勇者よ」
「う、うん……」
ダグマスは頭に角を生やし、青い皮膚をした屈強そうな魔族であった。
体には黒いマントを纏っている。
このマントこそ、いかなる攻撃も跳ねのけてしまう“魔神のマント”である。このマントを攻略しなければ、ダグマスを倒すことは不可能とされている。
シューゼンとしては、魔王の攻撃をひたすらかわし、マントの隙間から斬り込むという作戦を考えていたが、もうその手は通用しそうにない。
なにしろファルコンの腕輪はただの装飾品なのだから。
「どうした? ワシが怖いのか? 勇者よ……」
「いや、そんなことは……」
嘘である。怖いに決まっている。
こんな怪物相手に、ファルコンの腕輪無しでどう戦えばいいのか。いや、今までだって腕輪無しだったんだけどさ。
とにかく、剣を構える。怯えてると勘付かれるわけにはいかない。
しかし、ダグマスはなかなか攻めてこない。
玉座から立ち上がり、そのまま動こうとしない。シューゼンは首を傾げる。
「おい、魔王。なんでかかってこないんだ?」
「ふん……。こうして睨み合うのも一興だからな」
ダグマスはこう答えるが、彼が動かないのにも理由があった。
ここで少し時は遡る――
ダグマスとシューゼンが対峙する寸前、ダグマスは魔界の神“魔神”とテレパシーのような形で会話していた。
「これはこれは魔神様、あなたから授かった“魔神のマント”のおかげでワシはもはや無敵です。まもなく勇者がやってくるでしょうが、奴の攻撃とてこのマントは跳ね返してしまうでしょう」
ダグマスには余裕があるが、対する魔神の声はどこか暗い。
『そのことなのだがな……』
「はい?」
『“魔神のマント”には、あらゆる攻撃を防ぐ効果などないのだ』
「……は?」
ダグマスの顔が引きつる。
『あれはただの黒マントで、私が面白がって“これをつければお前は無敵”と授けたのだが、お前は本気にしてしまって……なかなか言い出せなかった』
「待って下さい! このマントは、これまでに何度もワシを救ってきましたよ!? 同じ魔族との勢力争いでも、人類との戦争でも……」
『それはつまり、運が良かったとか、お前自身の頑丈さによるもの、としか言いようがない』
「えええ……」
『破壊を司る神である私に、身を守るマントなど作れるはずもない。かといって私は善なる神々に見張られ、身動きも取れぬ身。お前にしてやれることは何もない。というわけだ。とにかく、勇者との戦い、頑張ってくれ! ファイト!』
「待って下さい! 魔神様……!」
魔神の声は返ってこなかった。
「くそぉぉぉぉぉ! これから勇者との戦いって時に余計なことをぉぉぉぉぉ!」
そして――現在に至る。
ダグマスがシューゼンを挑発する。
「どうしたのだ、足が震えているぞ?」
「ふん……ただの武者震いさ」
シューゼンがダグマスに指摘する。
「お前こそ、顔が汗だくに見えるが?」
「ふん、ワシが汗などかくか。文字通り酒を浴びるように飲んでしまってな」
「……」
「……」
お互い、動かない。
頼りにしていたアイテムが『実は効果ナシ』と知らされたばかりの二人。動けないのも無理はない。
しかし、いつまでも動かないというわけにはいかない。
もうしばらくしたら、きっとヤケクソ気味にどちらかが決戦の火蓋を切るのだろう。
“思い込み”という装備をはぎ取られた者同士の戦いが、今始まる……!
完
お読み下さいましてありがとうございました。