返り未知
「ねぇ、知ってる? 学校帰りに夕陽の中で、左肩から後ろを振り向くと、未知のものが視えるんだって」
同級生の斎藤ちゃんがそんなことを言っていた。
「未知のものって? やっぱり幽霊とか?」
「宇宙人かもよ」
みんなが斎藤ちゃんの話に食いついて、クラスの一角が騒がしくなった。
「視たひとっているの?」
「佳奈恵とか霊感ありそうだから、やってみたら?」
そう言われて、あたしは苦笑いしただけだった。
「怖いよ。絶対やらない」
実際に、あたしは霊感があると自覚している。
他人が視ないようなものを、よく視てしまうのだ。
とはいえ、いつもそれはぼんやりと目の端に視えるとかで、はっきりと視たことはないのだが。
「やってみてよ〜」
「佳奈なら視えるって」
「視たくないよ、へんなものなんて」
あたしは顔の前で手を振り、拒否った。
「視えて、祟られたりしたら責任とれる?」
「とりあえずさ、一人じゃないとだめなんだって」
斎藤ちゃんがみんなを脅かす口調で続けた。
「今日、それぞれぼっちで帰ってさ、それぞれにやってみようよ」
「遅くなっちゃったな……」
図書委員の仕事で手間取ってしまった。帰り道は夏なのにもう日が暮れて、あたりは燃えるようなオレンジ色だった。
みんなはもうとっくに帰ったらしく、あたしは一人、土手の上の道を歩いて帰った。
斎藤ちゃんの話なんて信じてなかった。信じてないし、左肩から振り向いてみたりする気もなかった。
それでもあたしが振り向いたのは、誰かが後をついて来る気配がしたからで──
右から振り向いたってべつによかった。あたしが左肩から振り向いたのは、ただのたまたまだった。
あたしが左肩から振り向くと、そこに未知がいた。
「未知!」
あたしは思わず声をあげた。
「どうしたの? 久しぶりじゃん」
未知はにこっと笑って小さくあたしに手を振った。
「佳奈、久しぶり」
そう言ってゆっくりと近づいて来る。
何も変わらなかった。同じ制服を着て、肩上のおかっぱで。あたしより少し背が高くて、面倒見がよさそうな未知のままだった。
「あれ……? でも……」
思わず声が漏れた。
「未知って……。去年の夏、車に轢かれて死んだはずじゃ……」
「うん。でも、よく知ってるでしょ? 私のこと」
未知は微笑んだ。
「怖い?」
「怖くないよ。未知のこと、よく知ってるから。幽霊だって怖くないよ」
本当に、ちっとも怖くなかった。
仲がよかった親友の未知だから、幽霊でもちっとも怖くはなかった。
未知はあたしの隣に並ぶと、肩が触れそうな距離で歩き出した。
「どうしてたの?」
あたしが聞くと、
「佳奈に会いたかった。ずっと……。寂しかった」
そう言って、またにこっと笑った。
夕陽が染めるまるでモノクロームみたいな土手の上を、あたしたちはずっと並んで歩いた。
永遠みたいだった。
二人で嬉しそうにただ笑って、どこまでも続く道を、いつまでもいつまでも歩き続けた。