第1話 悪意の果実 その8
「相変わらず物騒なやり方」
黒川はそういいながら、寝息を立てる山岡の顔を見る。彼女の顔には苦痛は一切浮かばず、穏やかな寝顔があるばかりだった。
「仕方ないじゃないですか。異常存在に暴露した可能性のある住人に対しては、Bクラス以上のトリプロマ合成薬の即時吸引を施すって決まりなんですから」
「でもこれじゃやってることは、泥棒と同じだよ」
「そのためのカバーストーリーです」
仁藤は立ち上がって、自分の髪の毛を軽く指でなぞる。髪飾りの中に隠されていた小さなアンテナ状の機械を取り出すと、パソコンに繋いで機器を操作し始める。
「……ラバウル振動菅にも微小だけれども反応があります。それにこの人、かなり長い間暴露していたせいで、精神汚染まで受けています」
「だろうね」黒川は言った。「そうでなきゃ、家の中にこんなにお守りや壺を買っておいたりはしないよ」
言われてみて仁藤が見渡すと、確かに部屋の隅から隅まで、何かしらのお札や壺、霊石のようなものが所せましと置かれている。こういう部屋は、怪異の影響を受けた人間に多くみられる傾向の一つだった。
「しかし、まさかこのおばさんが暴露者だとはね…一件目でビンゴして助かった」
「私には分かりませんけど……あの家、やっぱり変なんですか?」
黒川はポケットから術器の勾玉を取り出すと、『真理眼』を展開する。
「うすうす感じてたけれど、やっぱり合ってる……仁藤、手を重ねてみて」
黒川の右手の上に載せられた光り輝く勾玉に仁藤が手を載せると、彼女の視界はガラリと変わる。そこに見えたのは、高級住宅街のど真ん中にそびえたつ、木製の薄汚れて寂れた廃墟の姿だった。先ほどまで見えた漆喰の美しい壁は、ボロボロになり、カビが生えた薄灰色の木目を露わにしている。換気扇の部分には、赤茶けた錆の跡さえこびりついていた。
そして、目を覆いたくなるようなこの不快感……。それは建物全体が放つ歪なオーラそのものであった。
「これって……」
「偽装型の異常建築。周囲の空間ごと影響を及ぼしているとはね…」
「他の異常存在がいる可能性は?」
「否定できない」黒川は言った。「至急、三課につないで葛城さんを呼んでくれ。それから、半径1キロ圏内の全ての住人に同様の事情聴取と、必要な措置を頼む」
「二課の出動要請は?」
「まだ判断できない。葛城さんと二人で調べないと」
「どうやって侵入するの?」
「それを探すのが俺の仕事」黒川はそういいながら、部屋の外へと歩き始めた。
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