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烏三課  作者: 千歳 翁
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第1話 悪意の果実 その6 

 帝都トンキンは、政府の中央合同庁舎が置かれたA地区を中心として、同心円状に広がった構造をした都市だった。かつては大陸文化の影響を受けていたからか、荘厳で力強い雰囲気の巨大な建物がいくつも立ち並んではいるが、少し離れると一般的な都市や住宅街が広がっている。

 中央駅が置かれているB1地区へ車で移動し、さらにそこから住宅街の多いB2地区へと移動する。駅周辺は未だ例の事件の衝撃が冷めやらぬのか、人通りがいつもより少ないようにさえ見えてくる。

 運転席に座った仁藤は、赤信号が変わるのを待ちながら、フロントガラスを滑り落ちる雨粒をなんとなく眺めていた。助手席に座った黒川は、たどたどしい手つきで、自分のノートパソコンに報告書を打ち込む作業をしている。


「後で私が制作しますから、車の中で寝ていてもいいんですよ」

「『真理眼』が使える俺にしか分からない情報もある。それに、これは俺が記憶を整理するのにも結構役立つんだ」

「そうなんですね…」


 青信号を右に曲がり、閑静な住宅街が現れる。一戸建てで中央駅からほど近く、しかもこの規模の建物となれば、住人はさぞ立派な生活をしているのだろうと想像がついた。


「警察は犯行に至った『犯人』の動機を、「孤立した人間が抱いた社会に対する憎悪」を抱いた…って説明してますけど、あれで納得されるんですかね」

「異常存在絡みの事件なんて、語られたことだけが真実になるんだ。世間が真実を知る日は来ないよ」

「それって、いいことなんですか?」

「俺に政治の話はよしてくれ」

「ただの世間話じゃないですか」

「どんな言葉にだって魂は宿る」

「あ、それ、覚えてますよ。若烏時代にいろいろと教えてもらいました。確か…『語りの呪術』でしたっけ」


 「若烏」とは、烏三課の内部に設置された怪異に関する知識等を、巫術特性を持たない人物に対して教授するためのいわば警察学校のような場所である。仁藤は黒川と異なり、そこからこの三課へ配属された数少ない「外部」出身者だった。

 外部の人間が烏三課に関わる数少ない方法の一つが、事件に巻き込まれた被害者/加害者であること、もしくは三課の人事エージェントに引き抜かれることによって、配属されることだ。仁藤は後者のルートで、この課に配属になったのである。


「噂ってのが典型例だけれども、どんな怪異も語られることで生き残るんだ。語られなければ忘れ去られ、力を失っていく。だから俺たちは民衆の記憶をある程度操作している」

「巫術と呪術って、違う者なんですか?」

「お前…ちゃんと講義受けたのか?」黒川は眼を細めて言った。

「う…受けましたよ!」

「だったらそれくらいの基礎、しっかり覚えておけ。呪術ってのは、俺たちが使う能力の形式的側面で、巫術は本質的側面だ。民俗学については、さすがに知ってるよな?」

「…えーと…」

「例えば、ある村で生贄を使った儀式が存在したとする。それで、何をどうして、どういう手順で儀式を遂行し、その意味は何か、その社会的役割は何か、っていうのを追及するのが民俗学だ。そして『呪術』ってのは、もとは巫術だったけども廃れて本質を失ったものを指す。それに対して、俺たちが使うような、「ありえない力に関する術」…つまり、本質を操作する力を未だに持っているのが巫術だ」


 そこまで説明した黒川は、仁藤の顔を見て完全に「ダメだな…」と悟った。彼女はこういう形而上的な分野に関する知識は疎いのである。その逆に、黒川からしてみればトリプロマ合成薬の具体的な成分やその合成方法に関する長ったらしい記号の配列と論文の内容を、毎度の如く興奮した口調で話す彼女に対して、同じような反応を取ってしまう。


「そういえば……仁藤は巫術開発をしてないんだったな…」

「開発するつもりもありません。あたしにとっては、科学が巫術みたいなものですから!」


 科学と巫術は別物だろう、と言いながらもどこか黒川はその言葉に内心同意していた。科学と巫術の差異は何か、という問題は、巫術を使う者ならば誰しも一度は考えることだ。どちらも体系立てられた知識の総体であり、実験と論証によって説明されうる。唯一の違いは、「巫術」を使うためには適性が必要だ、ということだ。


「でも、私だってちょっとうらやましくなる時はあるんですよ?」

「羨ましい?」

「もしも私が巫術を使えたら、何ができるんだろうって…。人によって固有の能力があるっていうだけで、ロマンがありますし! 実際にこの目で怪異を見てみたいですもん。ただ、測定器具に反応する微弱な電子の揺れとか、ノイズだっていうので存在を信じろって言われても、心のどこかでは疑っちゃう自分がいますから…」


 仁藤は心の底から、純粋に思っていることを口にする。しかし黒川は、それを真正面から素直に聞くことが出来なかった。


「…どうしたんですか? 暗い顔して」

「なんでもねえよ」


 黒川は、自分の口元まで登って来た「巫術なんていらない」という言葉を飲み込む。それが何を意味しているのか。巫術師として生きるということが、何を意味しているのか。


「そろそろ着きますね」


仁藤はそういいながら車を路傍に停車した。


3日以内更新予定

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