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烏三課  作者: 千歳 翁
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第1話 悪意の果実 その4

 全部で30名ほどの人数が、この場所で仕事をしている。そして、これが「三課」の全メンバーだった。


 もちろん、たった30名で帝都全域の異常存在すべてに対処することは到底不可能だ。だからこそ、ここにいるメンバー以外にも、地域ごとに同規模の支部が置かれ、そこにいる捜査官たちが、日夜異常存在の情報収集にあたる。出現が確認された場合は、まず3課が現場へ向かって検証し、適宜2課、1課へと仕事が受け渡される仕組みだ。


 「烏三課」とは、この3つの部署すべてを合わせた異常存在災害対策庁の通称である。

 「諜報の三課」「戦闘の二課」と、二つの部署は主に仕事をそれぞれ担当する。逆に一課は、これら二つの課から引き抜かれた選りすぐりのメンバーによって、独自に異常存在の対処に当たっているという話だ。

 もちろん、黒川や葛城は彼らに実際にその存在を目にしたことはなかった。異常存在災害対策庁それ自体が極めて極秘の組織であるのと同様に、それぞれの課は独立し、接触は最低限に限られていた。課同士の連絡は課長クラスの話し合いで大まかな方針が決定された後、葛城と洞門のような中間管理のポストにある捜査官とその部下…例えば、黒川のような捜査官たちが、個別の事件レベルで協力しあうだけであった。

 それゆえ、二課と三課の間には、一課に対する暗黙のライバル意識のようなものさえ芽生えていた。なぜなら、一課が表舞台に姿を現すことはまずなかったからである。同じ烏三課の職員たちでさえ、一課のメンバーが誰で、どこで仕事をしているかについては謎に包まれたままだったのである。


「姿も出さない奴らに、烏の名を名乗らせるな」


一次は、そういった声もちらほら聞こえたのだという話を、黒川は知っていた。もしも、今回の事件が一課を動かすレベルの話となるのであれば、その姿をお目に掛かれるのだろうか。


周囲で行き交う職員たちの間では、オオジョロウ再出現という情報をどこかから聞きつけたのか、不安そうな顔を浮かべるもちらほらいたが、概ねは、通常通りの風景だった。


「黒川先輩、お疲れ様です」


 洞門たちから少し離れた席に座り、机の上に足を乗せて椅子に寄り掛かっていた黒川の机の上に、コーヒーが入ったカップが置かれる。


「…仁藤か」


仁藤梓にとうあずさは、黒川の二つ下の後輩だった。黒い長髪を頭の後ろで丁寧に結び、穏やかな笑顔を絶やさない彼女は、周囲の職員の皆に好かれるタイプの女性だった。このコーヒーも、おそらくは顔に疲れを浮かべた黒川を見て、気遣いで置いたのだろう。


「663号の件、知り合いから聞きましたよ」

「まだ確定したわけじゃない」

「だとしても伝承でしか聞いたことがないような『八狂』クラスの異常存在の出現だと聞いて、みんな怖がらないわけにはいかないでしょう?」

「そんなのでビビッてどうする?」


 黒川は少しだけいら立ちを覚えながら、机の上に置かれたコーヒーに口をつける。すぐに眉に皺を浮かべると、机の上の瓶の中に束になっておかれた砂糖スティックを数本取り出し、砂糖をまとめて混ぜた。


「……甘いの、本当にお好きですよね」

「どうしてこの職場はカプチーノとかが無いんだ?何度申請しても却下されるし……」

「設備費が毎年削られてるんですよ。おかげさまで、今じゃ壊れたエアコンを修理するだけで精いっぱいですし」


 そういえば、今日は妙に部屋が暖かいな、と思った黒川は、天井に目をやる。

 珍しく暖房が付いていて、部屋の中は快適な温度だった。先ほどまでいつものように来ていた上着を脱ぐと、椅子の背もたれにかけて、彼は再び椅子に座りなおした。机の上に散らかった書類や筆記具類は、彼が片づけを苦手としていることを示していた。

 対して、隣の仁藤の机の上は、きちんと片づけられ、写真や観賞用の多肉植物まで置かれている。綺麗に彩られ、大切に育てられたそれらは、無機質なオフィスの中に、ちょっとした安らぎの雰囲気を醸し出していた。


「相変わらず汚い机…私が片づけてあげましょうか?」

「余計な世話だ」黒川はそういいながら、コーヒーをスプーンでかき混ぜ、流し込む。暖かい液体が、体の中心部へと流れ込み、じんわりと体温が上がる感覚があった。

「片付いている方が、むしろ落ち着かねえ」


 仁藤の顔に浮かんだ、相手を不快にさせたことに対する後悔と反省の色は、しかし黒川の眼には入らなかった。彼の眼中には、例の事件で起きたことしか存在しない。


「低脅威異常存在の出現数の変化は?」

「目立った変化はありません」仁藤は諦めたような口ぶりで言った。

「パトロールの強化は、既に葛城さんの命令で帝都全域に手配済みです。一般人に対する情報漏洩も、どうにか防げています」

「トリプロマ合成薬の散布でもやったのか?」

「まさか、低濃度の市中散布はまだ実験段階の技術ですから、接触した可能性のある一般人に対してこれまで通り投与を行っているだけです。ただ…事件の規模が規模ですから、完全に防ぎきれていると保証するのは難しいかと…」


 仁藤は三課の中でも数少ない技術面でのサポートを主任務としている。それもあってか、彼女の異常存在に対して有効な科学技術についての知識は、他の誰よりも深かった。それは当然、トリプロマ合成薬と呼ばれる、特殊な例の物質についても同様であった。


「黒川さんはやたらトリプロマ合成薬について危険視していますよね。どうしてなんですか?」

「仁藤には関係ない」


黒川がそのことについて話そうとしないことは、仁藤も承知だった。だから彼女はそれ以上詮索することなく、自分の仕事に手を付け始めた。手元の書類を分類し、必要に応じて記録担当の捜査官に回す。必要な情報を仕分けし、ファイリングしていくことが、この課での重要な仕事の一つだった。


とはいえ、退屈とは切っても切れない縁があるのもまた事実。それに耐えながら、異常存在の対策及び鎮圧という命がけの任務にあたると言うのが、この課の奇妙な仕事でもあった。仕事の緩急の激しさは、当然疲れにもつながる。黒川は少し仮眠でも取ろうかと目を閉じて、静かに耳をすませ始めた。すこしばかりウトウトして、意識がもうろうとし始めていたその時、仁藤の机の上の電話が鳴り響いた。


3日以内に更新といいつつほぼ毎日更新の人です。

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