第1話 悪意の果実 その17
狭い部屋の宙を飛び交うのは無数の弾丸だった。暗闇の中で互いの姿を認知するのは、わずかな気配と、火花や青白い奇妙な炎の輝きだけである。
建物の廊下で応戦する葛城は、ポケットから小さな手りゅう弾を取り出すと、ピンを外して目の前へ投げつける。激しい爆音と共に建物が破壊されるように見える。隙を見てそちらへスサノオを向けた葛城だったが、見えたのは破壊されつくした部屋ではない。先ほどまでと同じ、暗い廊下の続く民家。どれだけ走り、どれだけ破壊したか……そんなことなど分からない。
「……これも幻覚か…」
葛城はそういいながら、左側から自分に襲い掛かる何かに向かってスサノオを発射する。グシャリ、という音を立てて倒れたのは、黒川の姿をした何かだ。だが、葛城は眉一つ動かすことなく、その腹に向かってさらに2発の弾を打ち込み、完全に沈黙させる。白い灰のようになって崩れていくその肉の中から、白骨化した人間が見えた時、葛城は静かないら立ちを覚えた。
「これまでに何人喰ったんだ?化け物が」
「ソレヲオシエルヒツヨウナンテ、アタシタチニハナイモンネ」
今まで何人の死体を見た?と葛城は自問する。すくなくとも二つの弾倉が空になるまでの間、黒川とそっくりの何かを殺し続けている。それが、この怪異が今までに喰った人間の死体で出来ていることは、容易に想像できてしまった。
「……聞…こえる?もしもし?」
「仁藤、やっとつながったか!」
葛城はイヤホンの音量を上げながら、口で銃をリロードする。
「状況は?」
「エントリー段階で介入されたわ。気づくのに5分、防護壁の再構築に15分、ってところかしら」
「ずいぶんと呑気だな」
「あたしじゃなかったら、再接続すら不可能よ」
葛城はそう漏らしながら、足元に広がった白い粉上の何かを握りしめる。手の中で青白く輝いたそれを葛城が天井に投げると、それは蜘蛛の糸のように縦横の網目となって部屋全体を覆いつくす。
「……巫術零式『修羅糸』」
零式の巫術を使うのはいつぶりだろうか、と葛城は振り返る。思えば、自分が幹部に昇進してからというものの、『八界領域』以外の巫術は殆ど展開してこなかった。それは、自分が八咫烏の隊員の高位巫術の展開を許可する立場にあるからであり、また同時に『八界領域』自体が、自分自身の巫術ではないからであった。
「術式展開はできているの?」
「久々に『修羅糸』を展開したところだ」
「黒川君と一緒じゃないの?」
「エントリー段階で分断された。建物自体が怪異の影響下に置かれているからな」
「なるほどね…それで、久々の能力使用はどんな気分?」
よくはないな…と葛城は呟く。それもそうだ。
『修羅糸』は、そもそも黒川の『真理眼』の完全下位互換だ。零式巫術の多くがそうであるように、葛城の能力もまた、三課のメンバーらしい情報収集系の巫術だ。
その能力は、自身の周囲に糸を張り、そこに触れた者の位置を特定すること。
黒川の『真理眼』が見るだけで能力を発揮し、かつ体の一部に触れることでその得た情報を共有したり、術器を媒体にその立体的なイメージを再現したりできる一方で、葛城の『修羅糸』は、そうした情報共有の能力がまるっきり欠けていた。
昇進と言えば聞こえはいいが、要は自分より才のある新人が自分の仕事を奪ったのだ。
管理職の仕事が嫌いという訳ではないが、現場主義の葛城からすれば、黒川に嫉妬心を抱かないわけではない。
「ソコダアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」
突然、鋭い牙の生えた触手が、葛城の頭部から向けられる。轟音と共に周囲に砂埃が舞い、葛城の隠れていた机は粉々に砕け散る。
怪異はほくそ笑みながら、ぐちゃぐちゃになった葛城の肉体を頬張ろうと、体を闇の中から露わにする。香しい血の臭いが口の中に広がり、舌なめずりをしながら「それ」は姿を現す。
だが、血だまりになっているはずの場所に、葛城の死体は無い。
そこにあったのは、先ほどまで自分が操っていたはずの死体だ。
院試のお勉強があるので、これ投稿したらしばらくストップかな