第1話 悪意の果実 その16
次の瞬間、黒川は自身の身体についた肉の塊を引きはがすと、スサノオを目の前にいる二体の日本人形に向かって発砲する。体を拘束されていたはずの人間が脱出をしたことに驚いた怪異は、攻撃をよけきることが出来ず、真正面から「スサノオ」を喰らった。
「ギエエエエエエ、ア、アリエナイ!!!ドウシテダ!!!!!!!!!!!!!」
赤茶色の血のような液体が建物全体に飛び散り、命中した部位は白い湯気のようなものが立ち上る。怪物は苦痛のうめき声をあげながら、黒川のことをじっと睨みつけた。すぐさま壁から伸びた触手が目の前の黒川を捉えるが、しかし、そこに彼の姿は無い。
「遅い」
暗闇から再び白い二つの光が放たれ、怪異の身体に傷を加える。ぎょろぎょろと見つめるその闇の中に、しかし黒川の姿は見当たらない。
「……オ…オマエ……タダノニンゲンジャナイナ!!マサカ……カラスノ連中カ!」
答える暇はない、と言いたげに、黒川はさらに6発の弾を打ち込む。弾切れの度に、彼はベルトに巻き付けられていたスサノオ専用対怪異戦闘用護符弾を装填していく。
「回復ガ……間ニ合ワナイ!?」
「出来るはずがないさ。スサノオはあんたらみたいな怪異殲滅専用の銃。人狼相手にヨーロッパで作られたシルバーバレットに、あんたら怪異を封じ込めるための護符まで加えたお手製の弾だ」
「コ…小癪ナ……」
「小癪?今までこそこそ隠れて人間を食っていたあんたのセリフか?」
「ダガ…拘束ハ完璧ダッタ!!!!巫術ダッテ封ジタハズダ!!」
黒川が両手につけた自らの黒手袋の甲をなぞる。青緑色の光が放たれると同時に、それは清浄な力に満たされていく。
「……カ……カバラ・プログラム!?」
「知ってるのか?まあ、いいけど」
黒川の甲に映し出された生命の樹の文様は、怪異たちに対する一種の防壁の役割を果たしている。当然、カバラに守られた隊員たちには、低級の攻撃は届かない。黒川は初めからそれを分かり切って敵に拘束されたのだった。この怪物がたとえ自分を捉えたとしても、カバラが有効な限りは反撃が可能。
怪異の歪んだ顔が、さらに歪んだ。
黒川は自身の『真理眼』を展開し、暗闇の中に再び発砲する。眼には見えないが、何かがその中でうごめいているのだけははっきりと理解できる。それが今、自分が仕留めるべき何かであることも、だ。
怪異は壁を上り、部屋を這いながら逃げ回る。だが、まるでそれを分かっているかのように、黒川の銃撃は正確にこちらを撃ち抜いてくる。今までに想定していなかった敵との遭遇に、怪異の顔もどこか歪んでいた。
「ドウシテ…ドウシテオレノバショガワカル!?」
「『真理眼』は“見る”ためにある。それだけだ」
正面から怪異と退治した黒川の瞳は、赤く燃え盛る炎のように染まっていた。それが暗闇の中で、正確に自分へ向けられていることに気づいた“人形”は、自らが存在して始めての恐怖を感じ取る。獅子を前にした子羊、蛇の前のカエル。あるいは…もっと巨大な何かだ。自らの知識と経験の領域の外から顕現した、その眼は、悪魔のそれに他ならない。
「…トイウコトハアノ片割レモ!」
「今頃、あんたの片割れと戦闘してるだろうね」
「シカシドウヤッテ……ドウヤッテ自分タチガ分断サレテイルト居ルト気ヅイタ!?!?……マサカ…ソレモ『真理眼』っ!?」
「使うまでもないっすよ」
黒川はさらにスサノオを宙に構え、正確に敵を狙い撃つ。暗闇の中を動き回るそれは、圧倒的に自分が優位であるはずのその場所が、袋小路と化していることに気が付く。
黒川は大きくため息を吐くと、目の前の怪異の姿を照らす為に、手元に青白い炎のようなものを取り出した。それは、先ほどまで黒川の行く先を照らしていた「イヅナ」のそれと同じ光をしている。青白い光に照らされた子供部屋の中には、黒い瘴気の塊を纏った日本人形がただ一つだけ、浮かんでいる。
「葛城さんが『八界領域』を展開しようとした時点で気づいたっすね。なぜなら俺たちは、あんたらとは違って、自分の能力をひけらかしたり、頼りきったりはしないんでね。烏は個々じゃ弱いから、必要な時は群れと知識で狩りをするんですよ」
「ヤメ…ヤメロ……ヤメテクレ!!!」
「……悔いるのは地獄に戻ってからにしな」
静かに照準を合わせた黒川の一撃が、人形を粉々に吹き飛ばす。
またしばらくお休み期間をいただきます。