第1話 悪意の果実 その15
「ケケケケケケケケケケケケケケケ」
「クァハハハハアッハハアハハハハハハハハハ」
部屋の隅に黒い靄のようなものがかかると、その中から、人の物とは思えない奇妙な笑い声が聞こえてきた。体の自由が利かない黒川の方へゆっくりと近づいてきたのは、二組の日本人形だ。それは、体全体をあの肉の管で覆われ、顔面部には大きな目玉と、いくつもの複雑に這う触手がついている。
黒川は自身の身体を動かそうとする。だが、それ自体が出来ないことに気が付く。体を見てみれば、そこには壁に張り付いていたのと同じように、無数の触手がはい回っていた。それは体の表面を覆いつくし、体の関節や筋肉を完全に制御している。
「ネエネエ、ネエネエ、シンダヨ」
「オトモダチ、オトモダチ、シンジャッタ」
カタカタと小刻みに揺れながら近づくその二つの人形は、黒川のすぐ目の前までやって来ると、彼をあざ笑うようにしてまた笑い始める。
「ドコカラ、トモダチデ、ドコカラ、トモダチ、ジャナカッタ、ンダロウネ!!」
「マタ消エタ!マタ消エタ!ミンナミンナ、消エテイク!」
人形たちは笑う。それは、あっけない自らの勝利に酔いしれる暴君のそれのように、狂っているとしか言いようのない有様であった。
「オマエモ、イッショニ、キエルノガ」
「イイデショ、ダッテ、トモダチダカラ」
日本人形は静かに触手を伸ばし、目の前の黒川の身体を完全に拘束する。反撃の余地はない。この暗闇の中であれば、状況は怪異たちにとって圧倒的に優位であった。ましてや、自分が寄生した建物の中に、自分から入ってくるような馬鹿である。
「絶望ガ欲シイ。長イ間、絶望ニ飢エテイタ」
「今ヤオマエノ巫術モ、オレタチノ支配下ニアル…厄介ナソノ目玉モ、暗闇ノ中デハ無力ナノダ」
触手によって持ち上げられた体を自らの方へと近づけた怪異は、黒川の表情を確認し、その顔を触手で舐めまわすように撫でた。ぬらりとした瘴気が纏う、気味の悪い感覚が黒川の全身を包みこむ。日本人形の顔が歪み、巨大な円形の口が顔を覗かせる。その内側には、中に入った獲物を逃さないように、内向きに生えた無数の牙が見える。
「サア、オマエモ、ココデ……」
「イッショニ、シネ」
「……馬鹿かよ、お前ら」
絶望の淵で発した黒川の言葉は、怪異の予想を超えていた。