第1話 悪意の果実 その13
黒川と葛城が自身のベルトに装着されたホルダーから、先ほど受け取った白い銃を手に持つ。人差し指をトリガーのすぐ横にあるセンサーに充てると、無機質な機械音が流れる。
「生体認証完了、黒川廉也捜査官。トリガーロックの限定的解除が承認されました」
スサノオシリーズの特徴を一言で表すならば、 “すこし巨大で、おしゃべりなリマグナムであろう。それはかつて三課内部で開かれた説明会で、スサノオの外装が公開されたとき、真っ先に黒川の脳裏に思い起こされた言葉だった。これまでに烏三課で使用されてきたすべてのスサノオシリーズと、同じ印象を抱かせるものだ。
直近まで使用していたスサノオに比べると、今回の方は幾分軽量化に成功したようで、持った時の手の感覚はいつもとあまり変わらないにも関わらず取り回しが改善されていた。決して悪くはない、と黒川は思った。気になるところがあるかと言えば、握った時のグリップ感が、以前のごつごつとした岩を握っているような感覚と異なっている点ぐらいであろう。
「俺は、旧タイプの方が好きだったんだがな」葛城がそう漏らす。
「あら、お気に召さなかった?」
「まだ実際に撃ったわけじゃないから何とも言えないが、握り心地に違和感があるな」
「葛城さんは毎回そういうわよね」
「慣れた銃じゃないと違和感があるのさ。けれども、慣れた頃にはどこかに行ってしまう」
「感傷的なことを言うのは後にして。ここから先はサポートが難しいわ。異常存在の精神干渉が増える可能性もある。二人とも、自己を見失わないでね」
両者がスサノオを起動し、小さく深呼吸する。勝手口の扉に手をかけ、それをゆっくりと回してみる。扉に鍵はかかっておらず、暗く伸びた細い廊下が、静かに続いているだけだった。壁には一般的な民家と同じように、家族写真が掲げられ、調度品はかつての生活の趣をそのままに残している。一見して怪しい所はどこにもない。
「イヅナ、道を照らしてくれ」
黒川がそう言うと、イヅナは彼らの先を進むように、暗い廊下を照らしながらゆっくりと進んでいく。青白い光の軌道が、しかし周囲の暗闇に覆われて、どこかはっきりとしない。ただよう瘴気の重苦しさに、心臓の底の方が締め付けられるような感覚がした。
「黒川」
「急に“重く”なったっすね」黒川は自分の精神状態の機微を簡潔に報告しながら、『真理眼』を展開する。葛城は黒川が巫術を使用する間、周囲を警戒する。
「……聞こえる、かしら……状況は?」ノイズ交じりの仁藤の声が、イヤホンが漏れる。
「ノイズがひどいけど、どうにかっすね……目立つようなはない。建物自体はただの民家に見えるけども……」
ぐしゃり、と何かを潰したような音が足もとからする。黒川がそこを静かに見つめると、縦横無尽に張り巡らされた、肉の管のようなものが建物の壁を覆っているのが分かった。言われずとも、怪異の知識が頭をよぎり、目の前の脅威を自らの理解可能性の範囲内に収めようとするのは、おそらく職業病というやつなのだろう。
「葛城さん、……子実体です」
「仁藤、聞こえたか? 黒川が建物への寄生を確認した」
「寄生型?」仁藤の声が聞こえる。「だとすれば、対処は楽ね」
「コアの破壊さえ済ませば終わる話だ。さっさとやるぞ」
「い…今っすか? いくらなんでも早すぎる」黒川はそれに反論する。
「でも寄生型であることは分かったんだろう? だとすれば先に巫術を展開し、この建物ごと俺の『領域』に指定すれば済む話だ。もしこのまま戦闘が起きれば、一般人に怪異の存在が露呈しかねない」
黒川を擁護するように、葛城の無線が二人の会話に割り込んだ。
「だとしても葛城さん。今あなたたちは敵陣の内部にいるんですよ。いくら自身があるからって、ここで巫術を展開するのは…」
「展開はしない。あくまで準備をして、突然の襲来に対応できるようにしておくだけだ」
「ですけど……いくら……だか……」
「……!? 仁藤さん?」
黒川が無線に言葉を書けるが、次第にそれは無機質なノイズへと変わってしまう。
それが意味するのは外界からの完全な孤立だ。
「無線の故障か?」葛城は耳に取り付けたイヤホンを外すと、それを確認する。
「可能性はあるけれども…タイミングが良すぎる。向こうが介入した可能性が高い…」
「奴ら思ったよりも頭がキレるらしいな。黒川、俺は『八界領域』を展開する。黒川は援護を……」
その時だった。
お久しぶりです。
しばらく(第一話が終わるまでかな)投稿再会します。
ぜひ拡散などよろしくお願いいたします。